身長もあのころよりずっとずっと伸びて、見える世界もあの頃よりうんと広くなった。社会的な意味でも、物理的な意味でも。目の前にいる彼も昔はうんと大きくてすごくすごく大人のおとこの人に見えていたけれど、こうして自分も酒もたばこもたしなめるような、同じ大人の世界へ足を突っ込んでみたら、案外あなたもガキくさい。自分よりひとまわりも年上のおとこの人に対して使う表現じゃないけど。


「お待ちしておりました。ノボリさんでいらっしゃいますね?」
「あぁ、こんにちは。本日はよろしくお願いいたします」


ぺこりとお互いお辞儀した拍子に、彼の胸ポケットからころりと煙草のパッケージが転がり落ちる。とっさにしゃがんでそれを拾い上げまじまじ見つめると、昔と同じ銘柄だった。どこかくすぐったいような気持ちに、つい少しだけ口元が吊り上がった。

「煙草、お吸いになるんですね。火、ご入り用ですか」
「いえ、レディの前で」
「自分だけ快感をむさぼるのはみっともない?それってただ子供の前で煙草吸いたくないことの言い訳かと思ってたけど。あなたのポリシーだったの?」

くすくす、抑えきれない笑いがこみ上げて来てしょうがなかった。懐かしさなのか嬉しさなのか、胸の奥がきゅうきゅうしてとてもあたたかい。ノボリはぽかんとした表情でこちらを凝視している。「………は、え?あ、あなたまさか」幾分昔よりもシワの増えて、年齢を感じさせる顔立ちになってはいたけれど、目を大きく見開いてあっけにとられたようなその顔は、10年くらい前、ビールの缶から泡をだばだば垂らしていた時と同じ、ノボリの顔だった。


「え……?だって、わたくし聞いておりません、あ、なただとは、そんな」
「まぁそりゃ、いちいち言わないと思う。ていうか実は内緒にしてねってクダリに頼んだ。お冷こぼれそうだよノボリ。気をつけて」
「あ、あ、はい」

かたんとテーブルにコップを置いて、ノボリがふうとひとつため息をついた。「打ち合わせにここを選んだのもあなたの差しがねですか?」「ん?何が?違うよ」

ここの喫茶店、持ち帰りも出来るんですよ。あの時あなたと食べたサンドイッチも、確かこの店のでした。バス使わないで帰るとここの前を通って家へ帰ることになるのでねぇ、なんて、ひどく懐かしい話をする。

「クダリに打ち合わせは形式的なもんだから会ってくればそれで終わりだと言われたんですけど」
「まぁそうね、ぶっちゃけ今日やることはないの」
「ふうん。ではサンドイッチでも一緒にいかがでしょう」
「女性を食事に誘うにはショボいと思うわ、サンドイッチじゃ」
「えぇ」
「でもディナーも奢ってくれるんだったら、あなたの必死さに免じてごはんくらい一緒に食べてあげてもいい」ぱたぱたお手拭きで手をぬぐっていたノボリが、ウエイターさんを呼んだ。サンドイッチふたつ、注文して、「持ちかえりもします?」ニヤッて笑うもんだから、なんかちょっと恥ずかしくなっちゃったじゃない!テーブルの下でノボリの靴先を軽く蹴っ飛ばして、それだけで注文は終わった。その言葉が終わるか終わらないかくらいで、テーブルにノボリがずいと身を乗り出す。

「このあとのご予定は」
「今日はなんにも」
「ではわたくしの家に」
「仕方ないなぁ」

もう私はあなたの一歩が大きすぎて、そのスピードについていけないなんてことはない。ノボリにちゃんと追いつけたはず。
にこにこと、まるで未だ小さな子供を観ているかのような目で見つめてくるノボリの革靴の、その指先を思いっきりヒールで踏ん付けてやった。声にならない悲鳴を上げつつノボリがテーブルに突っ伏す。子供扱いしないでよね、わたしだってもう何もできないガキじゃないんだから。




おしまい!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -