図書室。
周りからはよく意外だと言われるけれど、僕はそこが割と好きだ。静かだし本はたくさんあるし。それに、自分たちの通うこの学校の図書室、実は自習室よりも居心地のいい学習スペースが部屋の奥に確保されているのだ。パーティションで一人分ずつに空間が分けられているので気が散ることなく勉強できるから、僕は試験前なんかによくここへきて一人で勉強している。はずだったんだけどなぁ。


「クダリ!数学わかんない教えて!」


ちょっとトイレにいこうと席を立ってる間に、彼女が僕の使用していたスペースを占領していた。白いデスクの上に置かれていた僕の参考書やペンケースやノートなんかはすべて脇に追いやられ、中央には彼女の持ってきたであろう数学のノートと問題集がでんと鎮座している。


「へるぷみー、次のテスト一桁とっちゃうよ…!」


周りに気を使ってか一応声を顰めてはいるが、


「お願いします!ほら、何ならさっき買ってきたポッキーあげるから!食べかけだけど」
「…図書室内は飲食禁止だよ」


数学を彼女に教えることくらい別にかまわない。こういっちゃなんだけど僕は勉強できる方だからね。けどそれなら教室とかでやった方がいいと思うんだ。個人スペースの机はわりと広めに作られているためふたり一緒でもさして問題はないんだけど、如何せん椅子がひとつでは狭すぎる。
それを彼女に伝えたら「え、どっちかが立ってやればいいじゃん」と返された。…この場合多分僕が立つことになるんだろう。


「ここ、と、ここからここと、ここら辺?がわかんない。あとここからここ」


思った通り自分は椅子に座ったままで僕に背を向け問題集を広げ始めた彼女に、もはや溜息も出ない。いいんだ、彼女の自己中っぷりは今に始まったことじゃないしね…!
彼女の後ろから椅子の背もたれと机に手を付きかがみこんで、細っこい指が示すページを覗き込んだ。……これは、


「今度の試験範囲全部じゃん!」
「う…だって最近授業難しい…」
「授業のせいにしないの!これ全部今やるのは無理だよ時間的に…図書室閉まるの6時なんだから」
「じゃあこことここだけでも教えて、クダサイ」
「…いや、ここからここまでくらいなら出来る。多分。よし簡単なのからやるよ、まずは自力でこの問題解いて!」
「えぇ!……えっとぉー……、……………」
「違う……!違うよ!何それ、どうやったらそうなるの…!ここに公式書いてあるじゃん、これ使うの!代入して」
「どれをどこに代入すればいいのかわかんない。logって何?」


これは絶望的だ。まずやる気がない。とうとう消しゴムを転がしはじめた彼女の後頭部を押さえつけ力づくで問題集の方をむかせてから、僕はペンをすべらせた。



「もうこの際公式は理解しなくていい。これ暗記して。ここ、対数のとこ…これくらいなら出来るでしょ。で、これをつかって…まず底をそろえる」
「ていって何?」
「それくらい覚えとけよ…!これ!この小さい奴!」
「クダリ怖い!」
「誰のせいだと思ってんの!」


彼女に合わせてゆっくり、途中式も略さず書き連ねていく。


「…で、これからこれを引く。さっきの公式は覚えてるでしょ、だから…こう!」


最後の一文字までしっかり書いてから彼女の顔を覗き込んだ。じっとノートに並んだ計算式を見つめる横顔は真剣そのもので、…いつもこうやって授業聞いてたら絶対点数上がるのに。ひとつのノートを一緒になって覗いてるもんだからお互いの顔がとても近い。まつげ長いなぁ。ほっぺたがピンク色だ。やっぱり女の子なんだなぁ。…かわいい。彼女は時々眉をすがめて何度も計算式を読み返した後ようやく理解出来たようで、あぁ!と嬉しそうに口元をほころばせた。


「クダリ、わかった!よかった、どうもありが」


ぱっと急にこちらへ顔を向けられたもんだから、身を退くのが遅れた。


ちゅ、と本当に一瞬だけだったけど唇同士が触れてしまった。触れてしまった!がたんと大げさに彼女は後ろにのけぞって、あぁ、そんなにオーバーに反応されたら嫌でも今起こった事が現実だったと思い知らされてしまう!顔がどんどん熱くなってくる。口を両手で覆っている彼女の顔も真っ赤で、おまけに目がうるんでいる。僕は動けない。


「あの、ご、ごめん!」


ばっと彼女は立ち上がってノートと問題集を腕に抱くと走り去ってしまった。ばたばたと立てている足音は、きっと他の生徒たちに睨まれてるんだろうなぁ。今はそんなこと気にしてる余裕ないと思うけど…。やっとフリーズ状態から立ち直った僕の目に、彼女の忘れていった鞄が映った。…これ忘れちゃダメでしょ。


頬が勝手に緩んでしまう。自分はいつもどちらかといえば笑った顔をしているけど、今のこれは多分フ抜けたにやけ面。自分の鞄に筆記用具をつめてから彼女の鞄も拾い上げる。僕のより幾分か軽いそれを手に提げて図書室を出た。
きっと今頃彼女は下駄箱あたりで鞄を忘れたことに気づいてあたふたしてるんだろう。これを届けてあげなくちゃね。




まだ彼女の感触が残る唇をぺろりと舐めたら、うっすら甘いチョコレートの味がした。






―――


はくとさんよりお題:『事故でチュー』








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