汚れた絆


「……はい、わかりました。降ろしてもらった地点の近くの喫茶店に入ってます。いえ、そちらの聞き込みが終わり次第で構いませんのでピックアップお願いします」

 任務中に不意に得たしばしの一人の時間。案内されたソファ席でホットコーヒーを注文し、少しの解放感にふぅー……と息を吐く。
 自分の意思とは関係なく半ば強制的に推薦された一級昇進の件。一級審査中は上級術師とペアになって行動することも多い。上級任務ほど情報がものを言うのでペアの術師と手分けして聞き込みをし、だいたいの出現場所に目星をつける。
 今回の任務は呪詛師の討伐。呪霊と違ってこれは対、人。正直、気が重い。ニ級までは力技で祓えていた呪霊や、出たとこ勝負でもなんとかなっていたが、準一飛ばして一級案件ともなるとそうはいかない。
呪霊だけでなく呪詛師を相手にすることも増える。
 ホットコーヒーを一口啜る、口内に広がる苦味と共に「はぁー……」と大きな溜息が出た。

 手帳に聞き込みの結果と考察をまとめる。窓の目撃情報、一般市民の被害状況。警察沙汰になるのも時間の問題だな……。呪霊と連んでる呪詛師……呪霊自体の知能も高そうだ。目的は……。
手帳を眺めながら考えに耽る。

「精が出るね」

不意に聞こえた懐かしい声にパッと頭を上げる。

「……なんで」
「久しぶりだね、元気そうでなにより」

音もなく現れたかつての同級生は断りを入れることもなく私の前に座った。

「この前会ったのは……私がなまえの家に行ったのが最後だったかな?」

 にこにこと人当たりの良さそうな笑みを浮かべて私の目の前に座っているのは学生時代と変わらない。
だけどその袈裟姿は人が少ない喫茶店でも明らかに浮いている。

「どう、一級審査は。順調かい?」
「……当たり前よ」
「任務内容は?」
「……言うわけないじゃん。呪詛師に内情なんて」
「別になまえから何か情報を聞き出そうなんて思ってないよ」

 通りすがりの店員に「ホットコーヒー一つ」と注文するこいつは一体なんなのだ。

「熱心に書き物をしている君が見えたからさ、頑張ってるんだなーと思って」

えらいね、と言って微笑んでいるが軽薄そうなこの笑みと元々特級のやつに言われても嫌味にしか聞こえない。

「……私は誰かさん達と違ってコツコツ型なのよ」
「……誰かさん"達"ね」

 夏油はフッと鼻を鳴らすように笑う。五条と硝子は夏油が高専をやめた直後に「アイツと会った」と言っていた。それ以降は会ったのだろうか。私は夏油と会ってしまったことを誰にも言えていない。

「最近ここら辺も物騒だね」
「……そうね」
「あちこちで蠅頭も飛んでるし。何に惹きつけられてんだろうね」

 おそらく今回の案件が影響しているのだろう。夏油もきっと呪詛師絡みと気が付いている筈だ。そしてその案件に私が関わっていることもきっと把握している。

「もしかして、あんたが糸引いてるわけじゃないよね」
「さすがに無関係だよ、ただの雑魚呪詛師だろう。今は金策に忙しいんだ」

 金策。夏油がどこぞの新興宗教で教祖紛いな事をしている噂は本当だったのか。長髪に袈裟姿、ピアスの跡だってあるのに信者にとってはこんな生臭坊主でもそれらしく見えるのだろうか。私は正直、似合ってないなと思う。

「呪霊と違って呪詛師は一応人間だけど。君、ちゃんと殺れるの?」

 重ったるしい空気をものともせず、「お待たせしましたー」と夏油が頼んだホットコーヒーが運ばれてくる。「ごゆっくりどうぞー」とマニュアル通りの言葉をかける店員に私達はどう見えているのだろう。信者と教祖かな。

「……私は祓うのが仕事だから」

 質問の答えにはなっていない。正直、呪詛師といえど人を殺すことの抵抗がなくなったわけではない。私と呪詛師になんの違いがあるのかさえ思ってしまう時もある。呪力を使って悪を成す。この世界の善悪は紙一重だと知っている。

 呪力を持ってしまったが故、歩み始めた呪術師という道。知らんぷりして一般の生活を送れるほど私の呪力は弱くなく、他を圧倒できるほど強くもなかった。地道に、死なない程度にやっていくしかない。
 私は呪力を持つて呪力を祓う、相手が呪霊だろうが呪詛師であろうが善だろうが悪だろうが、そのことだけしか信じていない。

「無駄な戦いだよ。術師同士が傷つけあうなんて私としては耐えられないね」

 きゅっと肩をすくめるポーズをとって話す。夏油は喋る時こんなに茶化すような人だっただろうか。

「……用がないなら帰りなよ、補助監督ももうすぐ来るし」
「……なまえはまだ、私を殺さないんだね」

 頬杖をついて私を見る夏油。広角は上がっているが目は笑っていない。私を軽蔑しているような憐んでいるような、暗い目だった。
あぁ、と納得したような声を出す。

「殺さないんじゃなくて、殺せないんだったね」

「こんな帳も張ってないとこで大立ち回りして一般市民を人質にでも取られたら困る」
「……理由を探すのがうまいね」
「夏油は私が応援の到着まで時間稼ぎをしているとは思わないの?」
「私に帰れっていう人がそんなことしてるわけない。なまえはそんなに器用じゃないでしょ」

 確かに応援の要請はしてないけれど、もうそろそろ補助監督が先輩術師を連れて私をピックアップしにきてくれる筈だ。その時この状況で見つかったら、私の立場はどうなるだろう。

「でも、そうだね。そろそろお暇しようかな。子ども達が待ってる」

 ……子ども。そういえば報告書に呪力持ちの子どもを連れて逃げたとか書いていたな。

「頑張ってね、一級昇進」

 そう言って夏油はテーブルの上に千円札を置いて、残穢を消すことなく去っていった。

 テーブルには冷めてしまった私のコーヒーと口をつけられていないコーヒーが一つ。冷めたコーヒーを一口飲み、溜飲を下げた。


 件の呪詛師案件の突入日の前日、担当補助監督から電話が入る。
「もしもし、みょうじさん。今回の案件なんですが、例の呪詛師の遺体が発見されました。なので今回の討伐任務は終了となります」
「……へ?」
「事後調査と報告書作成のためにまだご協力はいただきますが……」
それ以降の言葉にハイ、ハイと気が抜けた相槌を打って電話を切る。

 拍子抜けというかなんというか……。私の一級審査はどうなるんだ。というか、遺体で発見?呪霊はどうなった?事前の下調べでは知能が高く等級もあげられた筈だが。

 ふと頭にかつての同級生がよぎる。あれは呪霊を取込む術式の持ち主だ。でも一般人ならともかくをある程度の呪力を持つ者を夏油が呪詛師を殺す……?

「……まさか」

夏油が呪霊を取り込んでいたとしたら……まずいことになっているのではないか。夏油はおそらくあの腹に学生時代よりもっと呪霊を溜め込んでいる。夏油は一体何がしたいんだ。
 私は呪詛師夏油傑との遭遇を報告すべきなのだろうか。そうすべきなのだろう。頭では理解している。だけどまだ、どうしても迷ってしまう自分がいた。
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