これは独占欲に近い


「………どうしたの、その頭。」
「いやー、呪霊にやられちゃって。ごめん、ちょっと整えてくれない?」

夜も更けてきた頃、控えめにノックされたドアを開けるとそこには鋏を持った夏油が立っていた。

「私がやるの?人の髪とか切ったことないんだけど。」
「大丈夫、大丈夫。そんな高クオリティ求めてないからさ。これだと、あまりにもね。」

任務から帰ってきた夏油は、明らかに左右の髪の長さが違っていた。呪霊からの攻撃を避けた際に、髪に当たってしまったらしい。

「硝子は頭丸めればとかいうし、悟に任せたら今よりひどい状態になりそうだしね。」
「それでこんな時間に女子寮まで来たってわけ?」
「いいじゃない。いつも前髪とか自分で切ってるんでしょ?頼むよ。」
「……苦情は受け付けないからね。ここじゃ狭いし談話室でやろう。」
「助かるよ。持つべきものは器用な友人だな。」

談話室の床に新聞紙を広げてその上に置いた椅子に夏油を座らせる。

「なんかお母さんが子どもの髪切るみたいだね。」
「泣いたり、暴れたりしないでよ。」
「なにそれフリ?しないよ。」
フフッと目を細めて夏油が笑う。

自分の部屋から持ってきた櫛を夏油の髪に通す。
髪のお手入れなんてしてなさそうなのに、引っ掛かることなく毛先まで通る髪に、少し羨ましさというか恨めしさを感じた。

「適当に整えてくれたらいいからさ。お願いするよ。」
「……よし。いきます。」
「そんなに意気込まないでいいのに。」

フゥッと息を吐きながら夏油の後ろに立つ。
もし失敗してもそんなに怒らないだろうけど、人の頭ってなんか緊張するな。

呪霊の攻撃が当たって、髪が斜めにスパっと切れてたり、毛先がガタガタになってしまった左側の頭に長さを合わせて、馴染ませるように鋏を入れていく。

−−−時刻は夜の10:00近く。
みんな自室に戻って寛いでる時間で談話室には誰も寄り付かなかった。
夏油も任務終わりで疲れているのか特に会話もなく、静かに鋏のショキショキという音だけが響いていた。

………つむじだ。
夏油の頭が、自分の胸元にある。
私は160そこいらの身長しかないから、必然的にいつも五条と二人で見下ろされる。
二人の身長が日本人の平均より突出して高いだけだけど。まあこの二人は身長以外もイレギュラーだもんな。

夏油の髪を持ち上げた時、ちらりとうなじが見えた。
いつもは制服の襟や髪で隠れてるからか、日焼けもせず、色白で意外に感じるほど細いうなじだった。
夏油のパーソナルな部分を見てしまった気がしてなんだか恥ずかしくなった。

勝手な気恥ずかしさを紛らわせるように夏油に話しかける。

「なんで髪、伸ばしてるの?」
「あー、最近忙しいし、頻繁に髪切りに行けるわけじゃないしね。それに私結構癖毛でさ。伸ばしてる方が扱いやすいんだよね。」
「ふーん。夏油、頭の形綺麗だし、丸坊主も意外と似合う気がするけど。」
「野球部じゃないんだからさ。でもこうして毎回切ってくれるなら、…アリかな。」
「うーん…、それはちょっとめんどくさいなぁ…」
「えー…、そこはダメなのかい?」

また沈黙が訪れる。

「……頭に怪我とかしなくて良かった。」
「……心配かけたね。」
ぽつりと呟いただけだけど、鋏の音しかしないこの部屋では、夏油の耳にもしっかり届いてしまったようだ。
「……硝子の仕事が増えなくてよかったー。」
「……かわいくないなぁ。」
照れ隠しってことはきっとバレてる。でもこのやりとりが心地よかった。

肩や首に付いた毛を払ってあげる。
私の指先が夏油の首筋に触れた時、夏油が体を少し捩ったように見えた。

「あ、ごめん。手、くすぐったかった?」
「いや、ちょっと手が冷たかっただけ。寒い?大丈夫?」
「大丈夫。末端冷え性で年中冷たいの。ほれ。」
そういって今度はわざと首筋に手を添える。
夏油は少しくすぐったそうに「つめたっ」と肩を上げた。

やっぱり細いな。夏油の首。
なんか痩せたんじゃないかな。ちゃんと食べているのだろうか。そういえば最近、みんなで一緒にご飯、食べれてないなぁ。

夏油の背中を軽く叩いて、
「はい、おわり!お疲れ様でしたー。」と言うと
「ありがとうございますー。」と返してくれる。
「美容師さんがよく言うやつね。」と言いながら椅子から立ち上がった夏油は、やっぱり背が高くて自然と私を見下ろす。
「はい。」と手鏡を渡す。

手鏡を使って頭の状態を確認する夏油はなんとなく満足そうに見える。我ながら上手だと思う。

「うん、いい感じ。うまいじゃないか。ほんとに、また髪切ってよ。」
「いいよ。美容院ごっこ、またやろう。」

切った髪を新聞紙にまとめて捨てて談話室を出た。
「じゃあ、お風呂入ってくる。夜遅くにありがとう。」
「いいってことよ。」仕上がりに達成感を覚えていた私はグッと親指を立てる。

浴場に向かって歩き出そうとした夏油の背中に、「あっ。」と思い出したように声をかける。

「夏油、今度超〜すっぱい飴あげるね。五条にはナイショで。」
「すっぱいの?悟にはナイショで?」
「うん。五条のリアクション楽しみたいじゃん。それに、たぶん、呪霊よりはマシな味だよ。」

そう言うと、夏油は少し目を見開いて
「……それは楽しみ。」と言った。

「じゃあね」と浴場に向かう夏油の背を見送る。

私の頭にはさっき見た、夏油のうなじがぼんやりと浮かんでいた。
よくわからないけど、もし夏油が切腹するなら、介錯は私がしたいなって思った。
そんなこと、こんな時代にあるはずもないけれど。

夏油の背を眺めながらそんなことを思った自分の思考を散らすように、クルッと夏油に背を向けて自室に向かう。

呪霊ってきっと美味しくないだろうな。
飴食べてちょっと元気出してくれるといいな。
そう思いながら、薄暗い廊下を歩いた。

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