残酷な陽射しが陰り、夜風が心地よい八月の夜の七時頃。
日がな一日部屋に引きこもってゲームをしていたけれど、冷蔵庫に何もないことに気づいてそこら辺にあったパーカーを羽織り、サンダルをつっかけ外に出た。メールでみんなに、「コンビニ行くけど何かいる?」と聞くと一分とたたないうちに「アイス、タバコ、酒」という返事が返ってきた。未成年だよね?キミたち。と言いたくなるようなラインナップだった。
高専は平地より少し標高が高いためこの時間になると空気が少しひんやりとしている。換気もろくにせず、エアコンをつけ窓を閉め切ってゲームに没頭していたせいで頭が少しぼんやりとしていたが、ジーッと鳴く夏の虫と湿っぽい空気とタイヤが焦げたような独特の夏の匂いで徐々に現実に引き戻されていく。
私は太陽が沈んで間もないこの時間の夏の空気が好きだった。鼻歌まじりに山を下っていると、突然後ろからフードが引っ張られた感覚に思わず仰け反った。
「ぅわっ。……びっくりしたー。なんだ夏油か。脅かさないでよ」
振り返るとそこにはTシャツとスウェットといったラフな姿の夏油が立っていた。
「私も行くよ」
「え?」
「なまえじゃ酒もタバコも売ってもらえないでしょ、童顔だし」
今から行くのは高専の山の麓のいつものコンビニで、夏油や硝子は任務帰りに制服姿で堂々と酒やタバコを買っているから、店員さんも何も言わずに見逃してくれると思うのだけど。
「……別にそれは年相応ってことじゃんか」
木々が生い茂り街灯や月の光も届きにくい山道を二人でのんびりと下る。校門を出て公道に出ると街灯の光がようやく足元を照らした。
「ちょっと、なんでそんな短いズボンなんだ」
ガシっと痛くない程度に腕を掴まれ歩みを止められる。
私が履いているのはスウェット生地のショートパンツだ。なんでと問われても、楽ちんだから、涼しいから、特に理由はない。
「一日中部屋にいたからだよ」
「外に出る時は履き替えなよ。蚊に刺されるよ」
基本的にインドアなため、日に焼かれることがない太ももが街灯の光をうっすら弾いて私の肌の白さを際立てていた。
「平気だよ私AB型だもん」
「そういう問題じゃないんだよ」
じゃあどういう問題だよ。と思いながら夏油のオカンの小言を聞き流す。
「しかも上、タンクトップじゃん。風邪ひくよ」
「パーカー羽織ってるから」
「……チャック閉めて」
ほら。と手を引かれ夏油と向き合う。子どもに服を着せるように下からジジジと顎下ギリギリまでしっかりファスナーが上げられる。ほんとにお母さんみたいだ。
「これでよし」
フードまで頭に被せられたけど、それはさすがに鬱陶しかったので頭をブンっと振って脱いだ。夏油もそれについてはとやかく言うことはなかった。
山の麓のコンビニは品揃えは良いわけではないけれど必要最低限をちゃんと揃えてくれているし、学生にもタバコや酒を売ってくれる。その適当さが高専関係者にとっては都合がよく、ご贔屓にしている。真面目な店だったら今頃出禁になってるはずだ。
私はこのコンビニオリジナルのデザートがお気に入りで新作が出るたび買っている。とうとう顔を覚えられたのか最近は店員さんから新作情報を教えてくれたりする。今日のレジに立っている人もいつも私にデザートの新作情報を教えてくれるお兄さんだった。
「いらっしゃいませー」という声とともに件のお兄さんが手を振ってくる。無視をするのもなんだし一応、手を振っておいた。なぜか夏油も振り返していた。
カゴを持ちまずはアイスから物色する。チョコやイチゴ、季節限定マンゴー味など適当に、そしてできるだけ甘そうなものをカゴに入れていく。
「なまえ、パピコも入れて」
「コーヒー味は五条食べないんじゃない?」
「私が食べたい。半分こしよ」
「ふーん。いいよ」
夏油御所望のパピコも追加してアイスケースを閉める。雑誌コーナーを横目で見つつ、飲み物コーナーに向かうと、後ろをついてきた夏油が「この服なまえに似合いそう」と言って女性雑誌をカゴに入れた。
「あ、これ付録ほしかったんだよね」
「付録?何がついてるの」
「おっきい化粧ポーチ」
「へぇーかわいいね」
「…興味なさそー」
ドリンクが陳列されてる冷蔵庫を開けて自分用のジャスミン茶を取り、隣の冷蔵庫からいつも夏油が買っている銘柄のお酒を取る。
「1本でいい?」
「うん、なまえは?」
「私はジャスミン茶」
「お酒は?」
「飲まない」
「フフッよろしい」
硝子が飲んでいたのを一口貰ったことがあるけれど、あんまり美味しいと思えず、しばらくしたら顔が真っ赤になってしまい夏油にお酒禁止令を出された。好んで飲もうとは思わないし心配もかけたのでお酒は控えている。そもそも私はまだ未成年だ。いや硝子も夏油も未成年だった。
夜食のざるそばをカゴに入れて、デザートコーナーを見る。ロールケーキにわらび餅、夏の新作マンゴープリン。定番商品のわらび餅は私のお気に入りだけど、やっぱり新作も気になる。今年はマンゴー推しなんだなと思いマンゴープリンをカゴに入れる。
「あれ、わらび餅はいいの?」
「うん、今日はマンゴープリン」
「じゃあ、私わらび餅」
「え?食べるの?」
「たべるたべる。夏だし」
「ふーん」
わらび餅は確かに夏っぽい食べ物だけどと思いつつ、夏油って甘いもの好きだっけ?と記憶を辿るがイメージがない。
アイスに飲み物、雑誌におそばにデザート。思っていたよりカゴが重たい。どうしてこうなった?と思いながらレジに向かう。
いつもの店員さんが「……どうぞー」とレジを開けてくれた。
硝子のタバコの銘柄を探して番号を言おうとすると、左肩がズシっと重たくなり耳元で「十三番、三つ」と声がした。
「……かしこまりました。」
店員さんの顔が引き攣っている。そりゃそうだ。今まで機嫌よく買い物していたのにレジに着いた途端いきなり不機嫌な声を出すんだから。私からは夏油がどんな顔をしているのかは見えないけど、何があったんだこの短時間に。
「重い。どいて。お財布出すから」
「いいよ私が出す」
夏油がゴソゴソとポッケから折った五千円札をトレーに出す。店員さんが袋に詰めてくれている間も夏油の頭はずっと左肩に乗ったままだ。重い。近い。
「……あざっしたー」
来た時よりなんだか元気のない店員さんが気になりレジの方を振り向くと後ろにいる夏油に頭を掴まれ強制的に前を向かされた。
「よそ見しない」
「してない」
お気に入りのグラビア雑誌がなかったからなのか、なんだか知らないが、ブスッとした顔の夏油の機嫌をなおしてやるために私の手からいつのまにか取られていた袋をガサガサと漁る。お目当てのものを手に取り袋を開ける。
「ほら、パピコ食べて機嫌なおして?」
元々夏油が買ったものだけど、ご丁寧に口もちぎって渡してあげるとムスッとしてた口角が少し緩みパクリとアイスを咥えた。私も残りの半分を咥える。冷たくて甘くてちょっと苦いチョココーヒーの味に思わず頬が緩む。アイスの力は偉大だな。
他のアイスが溶けないうちに早く寮に戻らなきゃ。
思っていたより重たくなった荷物を抱えて暗い道を一人で歩くのは少し心細いので夏油がいて助かったが、私の後ろを歩く夏油はアイスがいっぱい入った袋を持っているのにもかかわらず随分のんびりとした歩みだ。
「遅い!アイス溶けちゃう!」
早く歩けと急かしてみるが、夏油はパピコを咥えて歩みを早める気配はない。
「いいんだよ、アイスくらい溶けたって。ゆっくり散歩して帰ろうよ」
「やだ。お腹すいたし。蚊に刺されちゃうし」
「……AB型だからいいんじゃないの」
「そういう問題じゃないんでしょ」
「……ほんとに、ツレないなぁ」