高専に入学してしばらく経ったある日、低級の呪いの調査に私達1年が駆り出された。帳も要らないだろうということで補助監督さんも付かず、もちろん送迎もなし。はじめはチャチャっと行って帰るくらいの任務だろうと高を括っていたのだが、なんだかんだであっちやこっちに聴き込みに行くはめになり、帰る頃には日も暮れていた。
これから三人で電車に揺られて最寄駅から歩いて高専の山登って…と考えて気が遠くなった。
とぼとぼと駅まで歩いていると豪快な
ぐぅ〜… っという音がした。
「今のなまえのおなか?」
「ち、がうよ!私のおなかじゃない!」
あまりにも轟音だったためかスルーできなかった灰原が悪戯っぽく聞いてくる。この二人に今更恥じらいなんてものはないけれど、この音は断じて私ではない。私の腹の虫はもう少し可愛らしい筈だ。
くぅ〜…
そう、このような音。
「……今のはなまえでしょ」
「…今のは私」
何がそんなにおかしいのかキャッキャと笑う灰原をじろりと見やるが、意にも介さぬ様子でポッケから携帯電話を取り出して操作し始めた。
「お腹すきましたね……」
ずっとだんまりを決めていた七海が耐えきれない様子で口を開いた。
「七海のお腹いい音出したね」
「うるさい」
こっちは七海のせいでめちゃくちゃ食い意地のはった女子高生という濡れ衣を着せられるところだったんだけど。まぁ結局私の腹の虫も鳴いてしまったのだが。
「あ、あった。僕マックのクーポンあるよ」
灰原の携帯の画面にはハンバーガーの写真が載ったクーポンがでかでかと表示されていた。
おもわずごくりと生唾を飲んだ。
「駅前にマックありましたよ」
「二人とも天才なの…?」
「行こう行こう!すぐ行こう!」
先ほどまでの牛歩の歩みは何処へやら、今にも走り出しそうな勢いで駅前に向かった。
駅前といえども都心から離れた少し田舎のマックは人は疎らでゆったりとした空気が流れていた。
ちょうど空いた注文カウンターで頭を突き合わせてメニュー表に向き合う。
「何食べますか。」
「僕てりやきセットー!飲み物はコーラで!あと単品で普通のハンバーガーも!」
「私エッグチーズバーガーセットとオレンジジュース」
「エビフィレオセットポテトLサイズに変更で。飲み物はすっきり白ぶどうでお願いします」
「あ、ナゲット食べたいな」
「いいね、わけっこしよう」
「じゃあナゲットも一つ」
愛想の良い店員さんがハイと軽やかに注文内容を復唱する。
全員財布から千円ずつ出してお釣りは全部募金箱に入れる。灰原がトレーの載せられている紙に書かれていたチャリティー活動にいたく感動して以来、私たちはいつもお釣りは募金箱に入れている。今日はいつもより少し多めに注文したから少ない額になってしまった。
「「「いただきます(!)」」」
食べ盛りの二人のトレーは私のモノと比べてかなりこんもりしていた。
ハンバーガーを前にして興奮気味の灰原の声にかき消されながらもしっかり手を合わせた。
私がハンバーガー一個食べ終わる頃には灰原はあと二口で二個目のハンバーガーも完食というところで、七海のトレーからしれっとポテトを取ろうとしてペシっと手を叩かれていた。
「ナゲット五個入りだけど、どうする?」
「一人だけ一個?」
「じゃんけんします?」
「よし」
「じゃん、けん、ほい」
パーが二人、グーが一人で一回で決着がついた。
「やったー、私と灰原ねー」
「遠慮なくいただいちゃうよ〜」
「どうぞ」
「マスタード、二度漬け禁止ね」
「えー」
「ナゲットのマスタードは少ないんだから!」
入学してからまだ一年と経ってはいないけれど同級生はこの三人だけ。いつの間にか、さいしょはグーの合図は要らないくらい、阿吽の呼吸というか、居心地のいい関係性になっていた。
「七海がさっき、すっきり白ぶどうって言ったの可愛くなかった?」
最後の一個のナゲットをしっかり味わおうとマスタードを刮ぐように浸けながら先程の注文時のやりとりを思い出す。
「なにがかわいかった?」
頭にハテナを浮かべる灰原と眉間に皺を浮かべる七海の対照的な顔にふふっと思わず笑みが溢れる。
「かわいくない。正式名称を言っただけです」
ナゲットにたっぷりマスタードがついたことに満足して一口齧る。
「七海が白ぶどうって意外じゃない?きちんと「すっきり」まで言ったとこもさ、ギャップ萌えってやつ?」
「かわいいね」と笑って言ったが七海がイラッとした表情を浮かべたのでここまでにしとくかと思い、最後の一口を口に運ぼうとした。
「はっ!?」
しかし目の前で身を乗り出した七海に最後の一口のナゲットをガブっと攫われてしまった。
「全然食べないからいらないのかと思いました」
「最後の一口だったのに!ていうかゆ、指まで食べたよね!?」
「大丈夫、指ちゃんとついてるよ」
どこかズレた指摘をする灰原と私のナゲットを奪った当の本人は呑気に口の端についたマスタードをぺろりと舐めている。
顔がいいからそんな仕草もなんとなく扇情的に見えてしまうし、嫌に様になってしまっていて目が離せない。
「なまえ顔真っ赤だよ」
「ど、どこで覚えたの!そんなの!」
「……油断しすぎです」
七海はこちらを見て勝ち誇った顔でニヤリと笑った。
灰原が「あぁ!」と納得した顔をして言った。
「こういうのをギャップ萌えって言うんじゃない?」