短冊


 
 飲み会の終わり、店を出たら思っていたより外気が心地よく酔い覚ましに歩いて帰るかと商店街通りを抜ける道中、色とりどりの短冊に飾られた笹達が風に揺られてさらさらと靡いていた。
 あぁもう七夕かと時節を感じながら、子どもの頃は短冊にどの願い事を書くか散々悩んだっけ、と欲張りだった幼少期を思い出す。

「ねえ、七夕だよ短冊置いてあるよ、書いていこうよ?」

 夜道は危ないからと一般女性よりだいぶ武闘派の私も律儀に送ってくれている七海に問いかけると、ちらっと横目でこちらを見た。

「…酔ってるんですか」
「わかんない」
「……恥ずかしくないんですか」
「誰もいないしさ、書こうよ、名前は書かなくていいしさ」
「ハァー……」

 渋る七海の腕を両手で引っ張りながら、何本かある大きい笹とその横に置いてある机に向かう。
机の上に置いてあったマジックペンと色紙で作られた短冊を二つずつとって一組を七海に渡す。

「な・に・を書こうかなー♪」

 フンフンと鼻歌混じりで考えていると、付き合わねば終わらないと諦めたのか七海もペンの蓋を外した。私がアレもいいなコレもいいななんてぐるぐる考えているうちに七海は淀みなくサラっと書いて笹の上の方に吊るした。高身長の七海が更に腕を伸ばして吊るしたもんだから、他のどの短冊よりも高いところに飾られてしまい、尚且つわさわさと茂る笹の葉に阻まれ私の身長では七海の短冊の内容を読むことができない。

「七海は何書いたの?」
「……世界平和です」
「ワールドワイド!!」
「そういうあなたは何を書いたんですか?」
「私?私はねー、」
じゃんっと短冊の上下の端と端を掴んで披露する。
[七海が健康で過ごせますように]
「私らもベテランの部類に入ってきたし、やっぱ怪我なく健康に生き延びたいじゃん?…最近抜け毛が増えたって言ってたし、七海が禿げませんように!って書こうかと思ったんだけどー…あ、イタ!」

 さすがに調子乗りすぎたのか七海にデコピンをお見舞いされた。

「飲みすぎだ。酔っ払いも大概にしろ」
「もー…いいじゃん、本当に思ってるよ?子どもの頃なんてお金持ちになりたいとか美人なお嫁さんになるとか自分のことばっかり書いてたのに、他人のことを思えるなんて大人になったよね」

 おでこを摩りながら短冊をどこら辺に吊るそうかと笹の様子を伺っていると七海がスッと私の手から短冊を抜いた。
そうして自分の吊るした短冊の近くに括り付けてくれた。

「ありがとう…。でもちょっと高すぎない?私見えないんだけど」
「高いところに吊るした方が願い事は叶いやすいんですよ、丁度いいじゃないですか」
「そうなのー?…まぁ、いっか」

 短冊が集中してカラフルに彩られた部分から、グッと見上げなければ見えないところに2つだけ並んだ短冊を見上げて少し悦に入る。夜風が笹を揺らして七海の短冊がチラリと見えた。
 七海の方に視線だけ流すと七海も短冊を見ていた。

「…さぁ、帰りますよ。」

 私に視線を落としてから歩き始めた七海を数歩後から追いかける。

「…織姫と彦星ってなんで一年に一回しか会えないんだっけ?」
「織姫と彦星が結婚してから仕事を忘れて遊んでばかりだったから、神様が怒って2人を離れ離れにしたから…、だったと思います」
「へぇー、かわいそう」

 新婚だったらちょっとくらい許してやりなよ神様なんて、自分自身のハードワーカーな環境を重ねて思ってしまう。
 1日まるっとオフの日なんていつから取れてない?こんなんじゃろくに恋人も作れやしない。

「七海は女にうつつを抜かして仕事を疎かにするみたいな心配はなさそうだね」
「労働はクソですがまぁ、節度は守りますかね」
「ワーカーホリックだなぁ、ほんとに、体には気をつけるんだぞ?」
「ご心配なく。七夕のご利益を期待します」
「私の願いは2人分の想いが籠ってるので絶対叶うね」
「……見たんですか」
「見えちゃいました」

 むすっと眉間に皺を寄せて凄んでいるが頬に少し赤みが差している顔でされても全然怖くない。酔って顔が赤くなっているだけじゃないだろう。照れた顔も可愛いなと口にしたらまたデコピンをされそうだから心にしまっておく。上がる口角は抑えられないけど。

「お互いのことを書いちゃうなんて、やーっぱり私らはいい大人なんだわぁー」
「はいはい、まっすぐ歩け。いい大人なんですから」
「はーい」

 酔いが回った熱い体にやさしい夜風が心地よい。
七海の短冊には私の願い事が叶いますようにと書いてあった。

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