一進一退


「げ、限界だ……」

 今座ったら確実に寝落ちる。バタンキューっていうやつだ。連日連夜の単独任務で私のHPは残りわずか。そんな状態なのに高専のお偉い方に呼び出されちくりちくり小言を浴び、もうゲームでいうと瀕死の状態です。いち早くポケセンに連れていってくれ。 

 よろよろと高専の敷地内を歩いていると前から見慣れたスーツに身を包んだガタイのいい男が歩いてきた。

「な、ななみぃ〜」

数週間ぶりに見た馴染みの顔に心がホッとして、手を広げながらふらふらと引き寄せられるように近寄っていく。ギョッとした顔で歩みを止めた七海に

「うわぁ〜ん」と涙は出てないが心のダムが決壊した。

 七海まであと約1メートルというところで七海が少しだけ手を横に広げてくれた。疲れMAXでテンションがハイになってしまった私はどこぞの遊園地のキャラクターに抱きつくようにそのまま七海に突っ込んだ。
 ドンっと音がするくらいの勢いでぶつかったのに七海はびくともしない。むしろ七海の鍛え上げられた胸筋に突っ込んで私が若干跳ね返された。
七海の腰にギュッと腕を回し鍛えられた胸に自分の頭をぐりぐりと擦り付ける。はぁ、七海の匂いだ。

「七海ぃ〜もう疲れたよぉ〜」
「そこでしゃべらないでください、こそばゆい」
「もう私は限界なんだぁ〜……」
「……お疲れ様です」
 
 この朴念仁はいつも私が唐突に抱きついても、されるがままの状態で無感情に言葉を返す。長年同期をしているが2人の間に色気はない。

「七海また大きくなったんじゃない?」
「何がですか」
「腹筋?背筋?腕回し辛いんだけど」
「勝手に抱きついといて文句を言うな。あなたもいい加減、大人なんですから人に追突するのやめたらどうです」
「大人でもどうにもならない時があるじゃない……そこに人がいたら抱きつくじゃない…」

 多少のイライラやストレスはお酒やショッピングで紛らわすことができる。しかし心身ともに疲れ切って心がささくれ立っている時はなによりもまずぬくもりを求める。これはある種、ストレスによる幼児退行なのかもしれない。

「あなたまさか、五条さんや他の方にもこんなことしてるんじゃないでしょうね?」
「してないよ……硝子さんには偶にしちゃけど」
「……後輩には?」
「そんなん私がやったらセクハラじゃんか」
「私ならいいんですか」
「同期の好で許してよぉ〜」

 頭上で七海の大きな溜息が聞こえた。
つむじに七海の吐いた溜息がかかってこそばゆくなって顔を上げようとしたが、七海の顎が私の頭のてっぺんにのしかかり抑えこまれてしまった。そのまま腕が肩にまわされ閉じ込められた。突然のことに体が固まり思考が追いつかない。

 今まで抱きついても七海の手は書類や本を持っていたり、目線が私に向かったりすることはなかった。こうして抱きしめ返されるのは初めてで今までの自分を棚に上げてものすごく恥ずかしいことをしている気持ちになった。

「私も疲れました」
「お、オツカレサマデス……」
「ハグにはストレス軽減作用があるそうです」
「さ、さすが七海!伊達に本読んでないね」
「抱きしめ合うということが大事なんです」

 そう言ってぎゅっと力が込められた。
 今度はこちらがされるがままの状態になってしまった。だがたしかに、今まで木に抱きつくコアラのように七海を一方的に抱きしめていたが、こうして誰かの体温のぬくもりに包まれると今日までのストレスや疲労が溶けていくようだった。
忘れていた睡魔がまた顔を出し、またウトウトして体の力が抜けていく。

「お願いします七海様〜車で家まで送ってください〜」
「……今日はやけに素直ですね」
「もう限界なんだ…寝……ます…」
「嘘でしょう」
「あとは頼んだ…」

 七海が何か言っているようだけど徹夜続きでもう思考停止した脳にはもうなんの言葉も届かない。

「……この状況で家に誘う意味わかってます?」


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