迷子のお知らせです


 
 ただ今の時刻PM6:45。
多数の路線が乗り入れている要駅のロータリーに停車し、タブレットに入っている本日の任務計画表を確認し、頭の中で段取りを組む。

 本日の任務地は再開発計画により新しく作られた郊外型大型ショッピングモールだ。古くなった地元の商店街を潰して建てられたものであり、綺麗な見た目に反してなかなかの呪いが吹き溜まっている。また、若いファミリー層が多く住まい、子どもも多く民間人の被害が出ないように気を配る必要がある。

 帳を降ろすのはショッピングモールが閉店してからではあるが、上にも横にも広い敷地面積ゆえ、下見を兼ねて営業中のショッピングモールを見回る。

 本件の担当呪術師とはショッピングモールの最寄り駅で落ち合うことになっている。
担当呪術師、一級七海建人。なるほど、一級案件か。気合を入れねばと息を吐く。

 約束の7時までにはまだ時間があるなと思い、タブレットの充電ケーブルを探していると助手席の窓がコンコンとノックされた。

「お疲れ様です。」
「お疲れ様です、今開けますね」

ドアロックを解除すると七海建人一級術師が助手席に乗り込んできた。

「すみません。前の任務が予定より巻きで終えられたので早く着いてしまいました」
「とんでもないです、任務のハシゴお疲れ様です。本件もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」

 タブレットで任務計画表の準備をしていると、車内にコーヒーのいい香りが広がった。
「先ほど駅で買ったものです。よかったらどうぞ」
そういって、テイクアウトの紙カップをドリンクホルダーにセットしてくれた。

「いつもお気遣いありがとうございます。」
「いえ、ついでですので。お気になさらず」

 コーヒーに口をつけ、タブレットを確認する七海さんに「いただきます。」と言って、まだ温かいコーヒーに口づけた。
 七海さんは他の呪術師の方と違い、こうした気遣いが自然にできる方だ。一級レベルになれば補助監督を下に見て、後部座席でふんぞり返る呪術師も少なくないのだが、七海さんはいつも助手席に座って対等に接してくれるし、よく差し入れもいただく。呪術師としても、一人の人間としてもとても尊敬できる方だ。


 目的のショッピングモールの駐車場に車を停め、責任者に本案件の概要を話せる範囲で伝える。おおよその終了時刻と、館内に従業員を残さないようにと念を押し、ショッピングモールを巡回し始める。

 日曜日の夜とあってか閉館時間まであと約1時間半だが、館内はまだまだ賑わいを見せている。
 私は下階から、七海さんは上階から巡回していき、ちょうど中ほどのフロアで合流する頃には閉店時刻まであと三十分となり閉店時刻のアナウンスが流れた。

「下のフロアに残穢らしきものは見当たりませんでした」
「そうですか。4階と5階の非常階段にうっすらと残穢を確認しましたが、移動していると見たほうが良さそうです」
「なかなか骨が折れますね……」

 帰ろうとする客の流れに逆らわないように歩きながら巡回の報告をしていたら、隣を歩いていた七海さんの足が止まった。
どうかしたのかと振り向くと七海さんは顔を足元に向けており、つられて私も視線を降ろすと七海さんの脚に小さな女の子がしがみついていた。

「パパ……」
「え……」

女の子が発した言葉に思わず、七海さんの顔と女の子の顔を交互に見返した。

「…違います。私は結婚もしてませんし子どももいません。」

 その言葉になぜかホッとし、とにかく女の子と視線を合わせるためにしゃがんだ。


「どうしたの?パパとママとはぐれちゃった?」

そう聞いてみたが、女の子は今にも泣きだしそうな顔をして、七海さんの脚にギュッとしがみついた。
泣かせてしまいそうになった自分に若干ショックを受けていると、七海さんはサングラスを外して優しく女の子の手を取り、帰路に就く人の流れに巻き込まれないように端に寄った。
そして膝をつき、女の子の目線に合わせ手を握りながら優しく聞いた。

「ママやパパはどこですか?」
「……パパとごはんたべにきたの。でもどっかいちゃった…」

そういって女の子はまた目に涙を溜めた。

「迷子ですかね?」
「そのようですね…。パパは何色の服を着ていましたか?」
「おじさんとおんなじいろのふく…。」

インフォメーションセンターが一階にあったはずだけど…と頭で場所を思い出していると七海さんがひょいっと女の子を抱き上げた。

 背の高い七海さんに抱き上げられた女の子の目線は私の目線より少し上になり、その新鮮な景色に女の子は涙が引っ込んだようだった。

「ここからインフォメーションに行くより、こうして探したほうが早いでしょう。」

人込みから頭一つ以上出ている七海さんの視線からだと確かに見つけやすいかもしれない。
 閉館時間も迫っていることだし、きっと女の子のお父さんも探しているはずだ。
私も七海さんが来ているスーツと同じベージュ色の服を着た男性を探した。

「お嬢さん、お名前はなんて言うの?」
「……さくら。」

ようやく目を見て話してくれた女の子の名前を聞いた。よし。

「さくらちゃんのお父さーーん!!さくらちゃんが探してまーーーす!!」

フロアに流れる蛍の光をかき消すほどの声に、七海さんのギョッとした視線を感じたが、子どもが第一である。それにここには呪霊もいるのだ。早くお父さんに会わせねば。

二回目の声を上げようとしたところ、

「あっ!!パパ!!」

と女の子が指さした。

「えっ!?どこ?」
「あそこ!!」

女の子が七海さんの肩に手を置いてお父さんがいるであろう方向に体を伸ばす。
 危ない、と女の子の体を支えようと手を伸ばしたが七海さんがひょいと抱きあげそのまま女の子を肩車した。

「さくらちゃんのお父さん!!」
肩車をした七海さんははっきりとよく通る声で呼びかけた。

すると向こうのほうから「さくら!!」という男性の声が聞こえた。

「パパーー!!」

さくらちゃんはお父さんが気付いたことに安心したのか目に溜めていた涙がこぼれていた。
七海さんはゆっくりとさくらちゃんを肩から降ろして、もう一度膝をつき、

「いいこですね」

とさくらちゃんの頭を撫でた。

 私はさくらちゃんの手を握り、人込みをかき分けてこちらに来るさくらちゃんのパパを待った。

 息を切らしてこちらに来たさくらちゃんのパパは確かに七海さんの着ているスーツに似たベージュのジャケットを羽織っていた。
食事後、レストランで会計をしている隙にいなくなっていたらしく、このフロアを探していたそうだ。

 何度もこちらを振り返り礼をするさくらちゃんのパパに恐縮しつつも、パパと再会できて安心した顔で抱っこされているさくらちゃんを見て一安心した。

「よかったですね。すぐに見つかって。」

隣でさくらちゃんとお父さんを見送る七海さんに言った。

「そうですね。あなたの声のおかげですね」
「七海さんの声もよく響いてましたよ。」

思い返すと少し恥ずかしかったなと苦笑いしつつも、七海さんは意外と子ども慣れしていたなと思い出した。

「七海さん子どもの扱いお上手ですね。いいパパになれそう」
「そうですかね」
「七海さんのお子さん…絶対美人だろうな…。」
思わず口から滑った言葉だったが、七海さんがこちらを向いた。

「あなたの子どもも絶対かわいいです」

「絶対」を少し強めに言われ反応に少し困ったが「あ、ありがとうございます…?」と一応返した。
なぜか脳内に私と七海さんと七海さんに似た金髪の子どもが手を繋いでる家族の想像が流れ、慌てて頭を振った。

 館内に流れていた蛍の光のBGMが止まり閉館を告げるアナウンスが流れた。

「さぁ。仕事です」

七海さんはサングラスをかけてネクタイをキュッと締め直し、私も頭を仕事モードに切り替え、人がいなくなった日曜夜のショッピングモールに静かに帳を降ろした。


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