午後に入っていた任務を終え寮に帰り小腹を満たすために、共有キッチンに立ち寄るとテレビを見ながら何かを頬張るなまえが見えた。
「ただいま。」
「あ、おかえりー。」
くるりと振り返ったなまえの手には黄色い果実の刺さったフォークが握られていた。
「また食べてるの、パイナップル」
「食後のデザートだよ。食べる?」
「食べる。」
「はい。あーん。」
言われるがまま開けた口にカットされたパイナップルが放り込まれる。疲れた体にパイナップルの甘酸っぱい水分が染み渡る。
なまえもまた一切れをフォークにさし、口をもぐもぐさせながらテレビに向き合った。
「パイナップルが好きなのはわかるけどさ…パイナップルって生で食べる以外何かある?」
他愛もない話題を振った。つもりだった。
隣からカランっ…とフォークが皿に落ちた音がした。
ちらりと横目で様子を窺うと心底驚いたように目を見開いたなまえがこちらを見ていた。
「何言ってるの…。パイナップルと言えば、パイナップルケーキがあるでしょうが…。」
わなわなと声を震わせながら言うもんだから面を食らってしまった。
「…え?パイナップルケーキってあのパサパサしてて口の水分全部奪われるやつ?」
「いやいやいや……。いつの時代のパイナップルケーキの話をしてるの?」
呆れて物も言えないといった表情を浮かべため息をついたなまえは次の瞬間には何かを決意したようで、目に光が宿った。
「夏油、明日休みだよね?行くよね?中華街」
「……え?」
*
「いやー……。パイナップルケーキを買うためだけに中華街に来るとは…思ってなかったなぁ…。」
「今日の目的は中華街のパイナップルケーキをしこたま買い占める。以上。異論は認めない。」
「え、中華食べないの?」
「そんな時間、我々にはないのだよ。まずはあそこだ。行くぞ夏油!!」
「君のキャラがわからないよ…。」
中華街の中でも老舗と言われる店に入り、店先の贈答品や土産用の菓子コーナーに「鳳梨酥」の文字を見つけた。月餅やマンゴープリンといった他の菓子には目もくれず一直線にそちらに向かうなまえを追いかける。
すかさず「贈り物ですか?」と店員が出てきた。その言葉に一点の曇りなき眼で「自分用です。」と答えた。
なまえは「コレとソレと…」と選び始め、終始なまえのテンションについていけてない私をみて何かを思ったらしい店員が試食の菓子を出してくれた。
「お客様は中国の方ですか?」
「はい?いえ日本人です…」
「それは失礼しました。店内の雰囲気にも馴染んでらしたので中国の方かと…。」
「はぁ…。」
「お会計お願いします!」
「はい、ありがとうございます。」
何と答えるのが正解なのかわからないでいると、両手に箱を三つも持ったなまえが店員を呼んだ。
ここのパイナップルケーキはパイナップル100%のジャムが美味しいんだよ…とどことなく不敵な笑みを浮かべたなまえがぶつぶつ言っている。
そこからのなまえの奇行ともいえる買い狂いはあの悟でさえも引くのではというほどだった。
中華街の目抜き通りに面する老舗や名店、おしゃれな新進気鋭店まで片っ端から突撃し、店先に立ってる客の呼び込みも肉まんやシュウマイの魅惑の香りも完全にスルーしてパイナップルケーキを買い漁る。私の腕には時間が経つうちにあれよあれよと様々な店の袋がぶら下げられていった。パイナップルケーキ狂いである。
*
私の両手では収まりきらず、なまえの手にもパイナップルケーキが入った袋がぶら下げられ、もう行く店はないだろう、というところでようやくなまえが「喉乾いたな。」と言った。
中華街の中心から少し離れた公園にある中国様式の東屋でテイクアウトしたタピオカドリンクを啜る。
「夏油、いろんな店で中国人に間違われてたね。」
「一生分言われた……。」
「あなた中国でモテる顔してるヨー!!って言われてたし。」
「悪い気はしないけど。」
「でもほんと…。中華街が似合う男だわ…。」
写真を撮るように手をL字に構えたなまえがそんなことを言う。
「台湾に出張とかないかな」
「パイナップルケーキ目当てだろ…」
「いいじゃん。夏油も向こうだったら女の子入れ食い状態だよ」
「日本でもそんな不自由してないわ……。いやなに言ってるんだ私は」
「ふっふっふ。いい感じに疲れてるね。そんな時、甘いもの食べたいよね?」
「もうパイナップルケーキは十分です」
「えーー!?なんで!?」
「試食でしこたま食べたよ…」
「えー…。こんなに買ったのに…」
「悟なら喜んで食べるよ。さ、帰ろう」
ほんとにパイナップルケーキしか買ってないな…。と少し呆れながら、まぁなまえが楽しそうだったからいいか。と二人で大量のパイナップルケーキが入った袋を分け合って、手を繋いで駅へ向かった。