5.ワンルームに二人


 
 本来ならば、女性の一人暮らしに恋人でもない男性を上げるのはよくないのだろう。そもそも私はイケメンウォッチャーではあるが恋人のようなものはおらず、今まで自分の部屋に男性を上げたことはなかった。こういった場合になんて答えるのが正解なのかわからない。ただ一つ私は思っているよりこの状況に弱っているみたいだった。あの部屋に一人でいたくない。とにかく今は

「……どうぞ。」

としか言いようがなかった。

 玄関の前で「ちょっと待って。」とお約束の言葉と「やっぱ3分間だけ待って!」と言い残し、玄関に出しっぱなしにしていた靴を片付け、室内干ししていた洗濯ものを急いで取り込む。
よかった。今日はそこまで散らかってない。

 ガチャリとドアを開けて、「お待たせしました……。」と七海君を迎え入れた。

「お邪魔します。」 
「……トイレはこっち。」
「どうも。」


礼儀正しく靴をそろえている七海君にトイレのドアを指さしてと、キッチンに向かいポットにお湯を沸かす。

 
 引き留めたら迷惑かな。送ってくれたお礼、とか言って滞在時間を引き延ばせないだろうか。
マグカップを二つ出し、紅茶のティーバッグをセットする。
 しばらくしてトイレから水を流す音が聞こえて七海君が出てきた。意を決して声をかけてみた。

「あの…!よ、よかったら紅茶飲んでいかない?あ、コーヒーもあるけど……。」
 
 自分でも情けなくなるほどの、蚊の鳴くような声だった。男性が自分の部屋にいることも、それが密かに憧れている七海君であることも頭の中はキャパオーバーだった。
 七海君は何を考えているのかよくわからない顔でじーっとこちらを見ていた。
聞こえなかった…かな?と思っていると、

「……紅茶、いただきます。」と返してくれた。



 電気ポットのスイッチがカチリと上がった音がした。準備しておいた2人分のマグカップにお湯を注いで部屋に入る。
 大学生の一人暮らしには一般的な1K、7畳程度の部屋にはソファなんてものは置いていない。ラグが敷かれた部屋の中央に鎮座するコーヒーテーブルの上にマグカップを置き、周りに座るようにすすめた。七海君は長い脚を胡坐にして座っている。少し窮屈そうで申し訳なかった。部屋に入る時も頭を引っ込めて通っていた。
 
紅茶を蒸らしている時間に金縛りについて話す。

「いつも金縛りは何時くらいに起こるんですか?」
「いつも十二時にはベッドに入るようにしているから、だいたい一時から二時くらいかなぁ?」
「それで目が覚めると。」
「うん……。」

 七海君は何か言いたげに、あー……。とかその……。とか声を漏らしながら口を開けたり閉めたりした後、こちらをまっすぐ見て言った。

「……その、金縛りにあってる時、何か視えたりしますか?」

 見える?いや、この場合は視えるか。
 私はお化けとか幽霊とかそういった類のものは今まで視えたことはない。毎日金縛りにあっているが姿や形を捉えたことはなかった。

「ううん、何も。でも、……何かがいるような気がする。」

 金縛りに遭っているとき、ただ体が硬直するだけならまだマシだっただろう。私が眠れずに恐怖を抱いているのは、うごうごと体の上で何かが動いているような感触があったからだった。透明な生き物が乗っているような感じがして、それが気持ち悪かった。
 今まで、オカルト的なものを信じているかと問われると、どちらかというと否定的だった。私の家族は「目に見えないものより人間の方がよっぽど怖い。」が信条で、私もそう思っていた。

自分が金縛りなんてものにこんなに悩まされるまでは。

 日常生活に支障が出てしまった以上、得体の知れないものの存在も信じるほかないかもしれない。

「……ねぇ、お化けとか幽霊って信じるタイプ?」
「まぁ……。どちらかというとそういう類のものは信じるタイプです。」

意外だった。彼はいつも授業は真面目に受けているけど、どこか冷めたような目で見ていたから。

「そうなんだ。リアリストだと思ってた。」

 七海君は信じているという割には私の金縛りの話に怖がったりする様子もなく、落ち着きを払っている。肝が据わっている人だなと思う。

2、3分経ったかなというところでティーバッグを小皿に上げる。

「いただきます」と一口啜った七海君はぽつりと言った。
「リアリストでいようと思っています。ですが……あなたの言うお化けや幽霊といった類のものは人の負の感情が作り出したものです。人の負の感情というのは思っているよりも強大で、事実から目を背けさせたり、逆にないはずのものを見ようとさせます……。所詮人が創り出したものにすぎない。」

 七海君は苦虫を噛み潰したような顔をしてもう一口紅茶を啜った。

「……と、いうようなことを先週の授業で言ってましたよ。」

 どこか取って付けたようにそう言い足してコトリとマグカップを置いた。
 あぁ、頭が揺れていると言われたときの授業か。と思い出し、へへっと笑ってごまかす。

「よく聞き取れるね、おじいちゃん先生の声……。」
「まぁ……。ほとんどの人が寝ている授業ですからね。あなたもいつも目は開いているようでしたが。」
「…近頃寝不足だったもので…。」

居た堪れなくなって紅茶をぐいと煽った。少し火傷した。

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