3.クマ出没注意


 
 いつも大真面目に七海君を観察していた授業だが、今日はどうして、うつらうつらとしてしまう。それも深夜に目が覚めたのだが、体が動かないといういわゆる金縛りにあってしまい寝不足なのだ。

 せっかく七海君と仲良くなれたのに……。このままブサイクな寝顔を晒せばたまったもんじゃない……。となんとか睡魔に抵抗していたのだが、私は負けたのだろう。授業終了のチャイムの音でようやくハッと気がついた。
 リアクションペーパーどうしようか…。と途方に暮れていると、いつもの席から七海君が移動してきた。

「どうしたんですか。授業中ずっと頭が揺れてましたけど。」

 バレている…。前向いて真面目に授業受けなよ……。と自分のことを棚に上げて心の中で毒づいた。

「お疲れですか。」
「え。そんな顔してる?…ちょっと寝不足で…。」
「何かあったんですか?」
「うーん……。」

 言ってもいいのだろうか。金縛りにあったなんてなんだかオカルトじみた話。七海君はそういうの平気なタイプだろうか。というかこんなことを話しておかしな子認定されないだろうか。
 ウンウンと考えあぐねていると、四限の予鈴のチャイムが鳴った。

「あ、ごめんね。次の授業に遅れちゃうね。」
「いえ、お気になさらず。……それより本当に寝不足だけですか?」
「うん、ちょっと疲れてるだけだと思う。急がないとね、じゃあまた来週!」

 七海君は意外と目敏いな……と思いながら次の授業の予鈴と本鈴の間の人が少なくなった廊下をパタパタと小走りで駆けた。



 やばい。この隈はさすがに化粧で隠せない。洗面台の鏡にずいっと身を乗り出し自分の顔を観察する。ひどい顔だ。目の下にくっきりと影が入っている。
 七海君に心配をかけた先週から、ここ最近ずっと金縛りが続いている。なんなら最近はベッドに入ってもまた金縛りに遭うんじゃないかと思うとなかなか寝付けず、ようやく眠りについても1、2時間後には金縛りで目覚めるというのを繰り返し、今週の睡眠時間は1日平均3時間だ。最低7時間は寝たい私にしたらこれは死活問題だった。アルバイトでも凡ミスを連発し、昨日は心配した店長に「早く帰りな。」と早退させられた。

 睡眠薬でも処方してもらったほうがいいのかな……。本当は大学に行かず部屋で寝ていたいが、自分の部屋では安心して眠れない。まだ授業中にうつらうつらしているほうが気が休まった。とりあえず、大学行こう。と目元に念入りにコンシーラーを塗り込んだが、気休め程度にしかならなかった。


「先週より隈がひどいですね。寝られてないんですね。」

 七海君は開口一番にそう言った。本来なら女性の容姿を指摘するなんて失礼な人ではないはずだ。そんな彼に言わせてしまうとは、よっぽど今の私の顔はひどいんだな。と少しヘコむ。

「さっきの昼休みでは少し寝られたんだけどな……。」
「まさか、昼食も取ってないんですか。」

 上半身を机に預けた状態でこくこくと頷く。とにかく今は眠たい……。
フーっと大きく息を吐いた七海君は私の隣の席に腰を下ろして、私のおでこに手を当てた。

「熱はなさそうですね。」

 わぁー。七海君が私に触ってるー。いつもの元気いっぱいの私ならきっともう、飛び上がってしまうだろう。ただ今の睡眠不足のせいで頭が回ってない状態では、七海君の顔を半分閉じかけた目でじーっと見つめることしかできなかった。
 そんな状態ではもちろん授業は全く入ってこず、授業開始5分で机に突っ伏してしまった。授業終わりに七海君に揺り起こされるまで、私は完全に落ちていた。ああ、ごめんなさいおじいちゃん先生、私もとうとう8割の学生の仲間入りをしてしまいました……。リアクションペーパーに謝罪の一つでも書こうかと思っていると目の前の机をトントンと叩かれた。

「スマホ、出してください。」

 手の主へ顔を向けると、七海君がほらよこせと言わんばかりにと手をくいくいっと傾ける。
 言われるがまま、トートバッグの中からスマホを取り出してロックを解除して手渡すと、
 七海君はすいすいと自分のスマホと私のスマホを触った。
 ピコン、と私のスマホが鳴った。
返されたスマホの画面を見ると、「七海建人」という名前が表示されていた。

「私の連絡先です。今日は家まで送ります。五限が終わったら連絡するので絶対に一人で帰らないでください。」

 いったいこの1分程度の時間で何が起こったのか、寝起きの頭ではもう理解が追い付かない。とにかく今は眉間にしわを寄せた彼の言葉に頷くしかなかった。

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