1.顔が良い


 
 木曜三限の文化人類学の授業に棲む睡魔に抗うのは至難の業である。
担当のおじいちゃん先生はマイクを通して話してもボソボソとしか聞きとれず、ただでさえ昼食後の眠たい時間であるのに、よっぽど耳をかっぽじって聞かなければただの子守唄でしかない。

 そもそも履修者の少ない授業だが真面目に眼を開いて受けている学生はごく少数だ。今日も出席者の八割が机に突っ伏したり、ペンを持ちながらうつらうつらと船を漕いだりしている。

 かくいう私はしっかり眼は開いているが真面目に授業を受けているかと問われれば、「ごめんなさい先生。」と言うしかない。私がこんなクソ眠い授業を一度もサボらず受け続けている理由はただ一つ。名前も知らない見目麗しい外国人の彼を約90分間の授業時間にしかと目に焼き付けるためだ。


 目を引く高身長に加えておそらく天然ものの金髪を備えた彼は、いつも教室前方通路側の席に座って誰と連るむわけでもなく、一人で真面目に授業を受けている。私はいつも彼が座る席から三列開けて斜め後方に座っている。ここからだと、彼の美しい横顔がよく見えるのだ。

 自他ともに認める無類のイケメンウォッチャーである私だが彼のことは今まで存じ上げなかった。広大なキャンパスでもこれだけ美しければ一度や二度、話題に上るはずだろうに。一見して外国人のような見た目だからおそらく今期からの留学生かな、と勝手に結論づけた。

 二限と四限の必修の授業に挟まれた空きコマを埋めるために試しに取ってみた一般教養科目だったが、なんと有意義な時間だろうか。彼は今期の最推しだな。うんうん、と一人で頷く。傍から見れば先生の話に頷いている真面目な学生にしか見えないだろう。



 観察する者とされる者。そんな関係性の転機は向こうからやってきた。

「あの。」

 授業が始まる前にいつもの定位置に座り、授業を聞いている体裁を整えるため、ペンケースやルーズリーフを探してトートバッグを漁っていると、聞き慣れない声が降ってきた。
 何か?と顔を上げれば、そこにはいつも私が観察している高身長金髪外国人が立っていた。
 いつも机三列分の距離をあけて観察していた彼を1mも開いていない距離で直視してしまい、眩しすぎて言葉が出ない。

「あの、すみません。」

 もう一度声を掛けられ、我に返る。

「……は、はい。なにか……」
「突然すみません。アンダーソン先生の連絡先ってご存じですか。」
「あぁ、アンダーソン先生。ちょっと待ってください……。」

 アンダーソン先生は去年受けていた授業の先生だった。確かメールアドレスを登録していたはずと、スマホを取り出そうとしたが、ガラガラと教室のドアが開きおじいちゃん先生が入ってきた。ちょうど授業開始のチャイムも鳴ってしまい、「あ、後で。言いますね。」と伝えるとこくりとうなずき、私の斜め前の席に着いた。平静を装っていたが私の心臓は早鐘を打っていた。

 しゃ、喋っちゃった!しかも斜め前に座った!近い!ていうか日本語上手い!声良すぎ!

 二言三言だが、思いがけず会話ができて私の脳内は完全にお花畑だ。授業が始まっているが先生の話は全く入ってこない。思わず顔がにやけてしまい、両手で口を覆ってしまう。

 だめだ、ニヤケが止まらない……。落ち着け自分、今はだめだ。近くに最推し君がいる。

 後で友達に聞いてもらおう、とペンを持ち真面目な顔を作って先生の話を聞こうと姿勢を正すと、斜め前に座った彼がくるりと振り向いた。

 またドキリとして、ニヤケ顔が収まっているか内心焦りながら、なんでしょう?と首をかしげると、小さな紙を渡された。ただのリアクションペーパーだった。

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