俺は自分の部屋に戻り、新開が部屋に戻るのを待った。
 しばらくして部屋を出て、新開の部屋に向かう。
 笑える事に着替えはしたが、上下の色があっていない気がする。着の身着のままと言った感じだ。

「なんだよ。これ」

 いつもの自分ではありえない事に思わず苦笑してしまう。
 新開の部屋の前に立ち、中からはわずかな物音がする。帰ってきている事を確信して、俺は勢い良くドアを開けた。

「入るぞ」
「靖友?どうしたんだ?急に」

 新開は少し驚いた様子だったが、たいして動じるでもなく、読んでいた雑誌から顔を上げる。
 その反応に俺の中の何かが切れる感じがした。
 こっちはお前のせいでこんな煮え切らない思いをしてるっつーのに、だ。
 それにこんな状態なのにどうして僅かに匂ってくるのか。
 その匂いが余計自分自身の歯止めを効かなくさせる。

「どうしたってお前…!」
「いっ…」
「どうもこうもねぇんだよ!甘ったるい匂いさせやがって。クセェんだよ!」

 ドアを閉め、そのまま部屋になだれ込んだ。
 勢いに任せて新開の胸ぐらを掴む。
 感覚がマヒするのは、匂いのせいだ。新開から香る匂いが俺をおかしくさせる。
 こいつが悪い。

「お前はっ、言うだけ言って終わりのつもりかよ!?あんな事して、そんな匂いさせといて……全部お前が悪い!」

 言いたい事を言い切ると、少し落ち着いてきた。浅く息を吐いて呼吸を整える。
 さっきまでの騒々しさとは打って変わって、水を打った様な静けさ。
 数秒が数分にさえ感じてしまいそうだ。
 しばらく黙っていた新開が口を開く。

「…じゃあどうしたらいい?こうやって触って、キスしていいのか?」

 胸ぐらを掴んでいる手の手首を新開が握り、グッと近付いてきた。
 お互いの距離が一気に近くなる。新開の言葉通りにキスが出来る距離だ。
 今まで好きだとか恋愛だとか、そんなものとは無縁で過ごしてきた。
 ただ単に欲望を満たすだけなら本でもDVDでもなんでもある。恋愛だなんだで縛られるのは面倒だと思っていた。
 強い瞳や低い声に気圧されて、仰け反りたくなるが、力強く握られた手がまるで重りの様になって逃れらない。

「それ…はっ…」
「靖友。拒否しないなら俺、いいように受け取るよ」

 あれだけ自分でまくし立てたのに、今はこの雰囲気に耐えきれず言葉が詰まる。
 いいようにってなんだよ。俺は色恋沙汰とは無縁で過ごしてきて、お前が変な事さえ言わなければ…俺は、俺がしたいのは、望んでいるのは…

「か…勝手に…し、ろ」

 カラカラの口から漏れたのは、俺の中でギリギリ言える言葉。
 これが自分では精一杯だった。
 新開の瞳が一瞬驚いた動きを見せ、さっきまで力強かった瞳が徐々に柔らかいものへと変わる。

「うん。勝手にする」
「んっ…」

 その言葉と共に口付けられた。
 最初の時と同じ柔らかく、甘い匂い。胸焼けしそうなのに、嫌いな匂いじゃない。
 そんな事を思っていたのも束の間、突如口の中に舌が差し込まれた。
 俺の舌を探るように動き、やがて絡め取られる。

「んん!?ちょ…もっ、てめぇ…」

 長々と動き回る舌の感覚がリアルで、思考回路が鈍る。
 このまま続けてたらやばい事になりそうな気がして、俺は精一杯の力で新開を引き離した。

「しつけぇ!」
「だって勝手にしろって言っただろ」
「分かった。俺がしたい時には勝手にさせてやる。今日はもう満足したからやめろ」

 自分でも勝手な事を言っている自覚はあるが、これ以上されたら身がもちそうにもない。

「んー…俺は満足してないんだけど」

 俺の言った事を気に止めるでもなく、にっこりと微笑みながら新開はまた近付いてくる。
 俺は頭をフル回転させて、無理やり話題を逸らす事にした。

「そ、それより!お前、俺の鞄持って来たか?」
「え?靖友の?持ってきてない」

「あぁ!?そこは気ィ利かせて持って来いよ!」

 これは本当に思った事。誰が原因で着替えもロクにせず、鞄まで置き忘れたと思ってんだ。

「ごめん、ごめん」
「…何笑ってンだよ!」

 言葉とは裏腹に笑っている新開に腹が立つ。
 俺が話題を変えようとして言ったのが見透かされている気がしたからだ。

「ごめんって。俺が悪いんだよな?」

 新開は俺の頭をポンポンと撫でながら謝る。頭まで撫でられて、挙句子供に言う口調で言われても苛立ちが増すだけだ。
 こいつ殴ってやろうか。
 無言で新開に詰め寄ると、最初部屋に入った時も香っていた匂いが薄くなっている気がした。

「つぅか匂い…」

 思わず驚いて呟く。新開の顔を見ても何も変わった様子は見られない。
 つまりこれはー…

「なに?」
「あー…なんでもねぇ」

 これは俺自身も意識してたって事にならないか?
 新開と目が合うとにっこりと微笑まれた。

「やっぱりもう少し」

その言葉と共に新開がグッと近寄ってくる。

「おい!やめっ…」
「照れてる?靖友可愛い」

ふざけた事を言っている目に前の奴を制止させるために、俺は腕を必死に突っぱねた。

「ばっ…か…」

 先程と同じく口内に侵入してくる舌に翻弄されて、僅かに隙間が出来れば、途切れ途切れで声が漏れてしまう。

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