昨日は珍しいものを見た。

あの忍足くんも暑さには弱いのか。
いきなり手を握ってくるし顔赤くなるし息荒くなるし。
昨日は本当に暑かったもんね。

絶対、暑かったからだよね。
そういうことにしておく。


今日も昨日に引き続き気温は高め。
春も終盤に差し掛かり、少し前まで咲いていた校門に植えてある桜や桃はすでに散り、今では新緑の木々の方が目立つ。

春というよりも夏の方が近い。


暑いんだから日がまだ上りかけの涼しい時間に家を出ればいいんだけど、だらけた生活習慣のせいでギリギリになってしまった。

ちらほらいる氷帝生が走り始めるのを見てわたしも歩くのをやめて、校舎の方へ小走りで向かう。

その中で、昇降口の前に立ち止まる男子生徒が目に入った。みんな慌てて教室に走っているのにずいぶん余裕だ。
気になるけど遅刻したくはないからそのまま横を走り抜ける。

しかしそれは叶わなかった。
誰かに腕を掴まれて前に進むことができなくなった。

文句を言おうと振り返る。


「おはようさん、ゆかりちゃん。」

「お、おはよう…。」

信じがたいことに、腕を掴んできた相手は忍足くんだった。
昨日のことであまり良い印象は正直持っていない。正直にいうと怖い。

「あの、こんな時間にどうしたの?遅れちゃうよ。」

ていうかわたしが遅れるから離してほしいんだけど。
言葉の裏に本音を隠し、とりあえず距離を取ろうとするけれど忍足くんが強い力で腕を掴んでいて、まったく引けなかった。
わたしの腕、絶対に忍足くんの手の形に跡が残ってるよ…。

「今日はたまたま朝練がなくてな、どうしてもゆかりちゃんに会いたくてずっとここで待ってたんや。」

生暖かい風が吹き、ゾクッと背筋に悪寒が走る。

そういえばわたしは忍足くんに名前を教えてないし(忍足くんはテニス部で有名だからわたしは分かるけど)ずっとわたしを待ってたって何時から。
暖かな陽気とは裏腹にわたしの体感温度は下がっていく。


「俺、ゆかりちゃんに一目惚れしてもうたんや。これからよろしくな?」




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