わたしには大切なヘアピンがある。


始まりはいつもと違う美容室。

日に日に気温が増してきて、半袖を選んで着るようになってきた。
わたしの髪の毛は真っ黒で毛の量も多くて暑苦しい。そんな髪の毛を衣替えのようにすっきりさせようとお気に入りの美容室へ行こうとしたところ、その日は定休日だということに気が付いた。
けれど一度切ると決めてしまったら切りたくてしょうがない。
そんなことで仕方なく学校から近い美容室へ行くことにした。

美容室がある通りは可愛いお店が多くて次に次に足を運びたくなってしまう。けれどそれをぐっと抑えて目的の場所に急いだ。


初めて来る美容室はいつもよりちょっと緊張する。

少し片言になりながらも、自分の希望を優しい笑顔の美容師さんに伝えて髪を任せた。

切ってもらっている間、いつもついつい眠くなってしまう。シャンプーは気持ち良いし美容師さんの手付きを見てると気付いた時にはうとうと船をこいでいる。
最初の方こそ会話があったものの結局寝てしまって、起きた時には全て終わっていた。
ある意味でも、終わっていた。


(ま、前髪が…変…!)

似合う人には似合うんだろう髪型、右と左の長さが違うアシンメトリー。
クラスのボーイッシュな子にはとてもよく似合っていたけれど、正直わたしには似合わない。

本当は直してほしかったけれど、短いところに合わせて切ったらかなり短くなってしまう。
泣く泣くあきらめて、美容室を後にした。


店を出ると氷帝生がちらほらいた。
ちょうどいくつかの部活動が終わる時間と被ったみたい、タイミングが悪かった。
知り合いに見られたくなかったから仕方なくおでこを左手で押さえて歩き出す。家までそう遠くはないから耐えるしかない。
おでこを押さえているのも充分恥ずかしいんだけれど。

しかも数メートル先にいるのは我が氷帝学園生徒会長、跡部景吾くんだ。一応同じクラスなんだけどしゃべったことなんて一度もない。
密かに憧れは抱いているけれど、自分みたいな氷帝に入れたことが奇跡の庶民には手の届かない神様のような存在。きっと憧れで終わるんだ。

きっとわたしみたいな人間なんて目にも入らないだろうけど、こんな恥ずかしいところは見られたくなかったから顔を俯けて少し早歩きで目の前を通りすぎることにした。

「おい。」

「は、えっわたしですか!?」


目で追われるかもしれないとは思っていたけれど話しかけられるとは思ってなくて、びっくりして前髪から左手を離してしまった。
はっとしたけれどもう遅くて、跡部くんにばっちり見られてしまった。
見られることになるんだったらせめてもう少しましな時が良かったな…なんて思うけれど今さらしょうがない。
事の経緯を説明した方がいいのか、何で引き留められたのか、どうしたらいいのか分からなくてとりあえず左手は前髪に戻す。じろじろ見られてるってことはやっぱり変なんだよね、恥ずかしい。

「…少し待ってろ。」

そう言い残して跡部くんは近くのお店に入って行ってしまった。

ぽつんとお店の前に立つわたし。
跡部くんはすぐに戻ってきて、小さな紙袋を手渡してくれた。


「これでも付けてな、そしたら左手が空くだろ。」

受け取った袋を破かないようにそっと開けてみると、ピンクのお花がついている可愛いヘアピンが入っていた。
それをまた跡部くんが手にとって、前髪のちょうど区切りがいいところで止めてくれた。

「え、あ…あの、ありがとう…。」

「礼ならその前髪が伸びるまでそれ付けてろ、なかなか似合ってるぜ?」


わたしは神様に本気の恋をしてしまったようです。




/title by 雲の空耳と独り言+α

とりるちゃん誕生日おめでとう
遅くなってごめんね


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