わたしはあまり学校に行かなかった。
不登校というわけじゃない、働いていた。 いわゆる芸能界。高校の時にはすでに名のある人だった。 わたしは音楽でこの世界に入った。
音楽が好きで小さい頃からずっとピアノを続けている。 練習が辛いと思ったこともないし、友だちと遊ぶことよりもはやく家に帰ってピアノを弾きたかった。 そんな小中学生時代。
だから思い出がないと思われがちなんだけど、友だちもいたし彼氏だっていた。ただ、彼氏とデートするよりも友だちと遊ぶよりもやっぱりピアノが好きだった。
親もわたしを応援してくれて、小さな大会から大きな大会までたくさんの経験と結果を積んできた。 そのおかげでスカウトを受け、今では数多くのアーティストのレコーディングに参加させてもらって、ソロのコンサートもひらけるほどに成長した。
中学生の時に付き合っていた男の子も音楽が好きで、作曲もやっていた。 ピアスだらけの見た目ヤンキーでいつもダルそうで、周りから絶対長続きしないって言われた。 友だちはわたしがピアノを弾き始めるとだいたいつまらなそうにして帰ってしまう。 けど、彼はわたしの弾くピアノが心地が良いから好きだと言ってくれて、文句もなくただ聞いていた。それがわたしにとっても心地よかった。
結婚するならこの人がいい、 まだ中学生だったけれどなんとなく運命を感じていた。
友だちが言った通りに長続きしなかった。けれど意味は違う。 恋が冷めた訳じゃなく、わたしが事務所に入ることになって上京が決まったからだった。
遠距離でも続けたい、そう思っていたけれど中学生にはそのために必要な財力も気力もなく、自然消滅。
それからなんとなく彼のことが気にかかって、それ以来恋人を作ったことはない。 自分の中ではまだ別れていないつもりなのかもしれない。
「ゆかりちゃん、今度ソロでCDデビューが決まったの。」
『ソロ、なの?』
いくら自分が知られてるピアニストだからって今時ピアノだけのCDなんて売れるはずがない。
「そうよ!あっ、でもピアノだけじゃなくてゆかりちゃんが歌もうたうことになったから。」
…あんまり、歌うのは得意じゃないんだけどなぁ。
『だ、誰かに歌ってもらうのはダメなんですか?』
「いいけれど、曲を作った人がどうしてもゆかりちゃんに歌って欲しいらしくて。さっき曲のデモテープも本人から預かったんだけど、ゆかりちゃんが歌ってるのを聞きたいんだって。」
普段は作曲をする人らしいからゆかりちゃんのファンだったのかもしれないわね、と微笑むマネージャー。 自分はやっぱりピアノだけがいいんだけどなぁ。
とりあえず曲を聞いてみようとCDと楽譜を受けとる。
そこには作詞作曲“財前光”の文字。 体に電流が走った。
やっぱり運命だったんだ!
『まだこの人、事務所にいますか?』
「さあ、いるんじゃないかしら。いなくてもまだ近くにいるんじゃない?」
『ちょっといってきます!』
鳴り始めたCD、部屋を出るときに聞こえた声は記憶の中薄れていた財前くんのもの。けれど今、はっきりと思い出した。
階段をかけ降りてすぐ、事務所の入り口で見つけた。
『財前くん!』
振り向いた彼は当たり前だけど大人の男の顔で、それでも昔の面影が残っている。
「…聞いてくれました?」
『そっ、それよりも先に飛び出して来ちゃったよ…!』
走ったせいか、再会に対してか。 心臓が人生で一番音を立てている。
「ゆかりにもう一度会うためにこの世界に入ったんやで。ついでにこの曲が俺のメジャーデビューや。」
『…あとでしっかり聞いとく。』
「普段は作曲しかせぇへんけど、俺がゆかりを想って作った曲やからゆかりを想いながら詞も書いたわ。」
中2の春で別れて4年越し。 桜がひらひら散っていく4月の頭。
「…こっちで勉強しながら曲作ることにしたんやで?」
耳に財前くんの息がかかる。 抱き締められて身長の差が一目瞭然。4年前はまだわたしの方が背、高かったのにな。
「俺は別れたつもりないんやけど?」
『別れてへんに決まってるやん、光のアホ!』
デュオを組んでデビューするのも、 桜が舞落ちる4月。
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