ひんやりとした、教室とは違う空気が漂う空間を進む。


『もういやや、意味分からへん。めっちゃイライラする。』

「なんや、ゆかり。…生理か?」

『うっさい。』

目の前にはデリカシーのない男、
白石蔵之介。

今一番見たくない顔だ。



授業中、生理痛に耐えられなくて保健室に行くことを決意した15分前の自分に言いたい。

もう少し頑張れ、と。



『授業中やん、何でおるん。』

「今日は保健室の先生おらんしゆかりが歩いてたから、俺が看病したろ思って。」

『今すぐ帰れ。』

「話くらい聞いたる。そこ座り。」

湯たんぽ用意したるからソファで待っとき、そうやってわたしを甘やかす。
でも自分は、優しく甘やかされた分ひどいことを言ってしまう。
周りはツンデレなんて言ってはやし立てるけど、自分からしてみたら病気みたいなもんや。

ほんとは恥ずかしいけれど周りのカップルみたいに昼は一緒にお弁当食べたいし、手ぇ繋いで帰りたい。


だから、嫌われる前にこのひねくれた病気を治したい。


「できたで。」

少し熱い作ってもらったばかりの湯たんぽ、抱き締めると白石の優しさと一緒に温度が染み渡る。

『…ありがと。』

照れ臭くて顔を俯ける。
聞こえるか聞こえないか、それくらいの音量で言ったのに「どういたしまして。」って返ってくる。それがまた恥ずかしくて『うるさいばか。』って返す。


「で、今日はどうしたん?今日だけやなくて最近色々溜めこんどったやろ。大人しく全部言い。」

『…どうしても?』

「どうしてもや。」



白石と付き合いはじめてもうすぐ1週間になる。
告白されたときは正直、
(どうせバツゲームかなんかやろ)
そう、思っとった。

けれどしばらく続くうちに本気っちゅうことを知って、いつのまにか自分も惹かれてた。
気付いた時にはもう白石の腕の中で、自分はなんて幸せなんだろうって繰り返し思った。それと同時に、なんて不幸なんやとも思った。

『…クラスの子に、白石君おるんやったら他なんていらへんやろ?ってシカトされはじめてん。』

「おん。」


それくらい分かってた。
人気者で四天宝寺の王子、白石蔵之介様やからな。

『最近部活もうまくいかへんし、』

「…おん。」

『成績下がるし親にも先生にも怒られたし、』

「おん。」

嫌だったこと1つ思い返したら次々に出てきて、きっと数えきれないほどある。
そして1つ思い出す度、1粒の涙が流れる。涙腺が緩くなったのもちょうど1週間前からや。

些細なことにも相づちを返してくれるから、全部言わなあかん気ぃして最近あったことほんまに全部言ってしまったんやないかと思う。


『白石のバカ。』

「そやな。」

『こっち見るな触るな。』

「名前で呼んでくれへん?」

『…蔵之介のあほ。』

「ゆかりの言う通りや。」


ぽろぽろぽろと、絶え間なく流れる涙は当分止まる気配がない。


「ごめん、な。」


『…別に蔵之介のせいじゃない。』


優しく撫でてくれる手は、腕の中の湯たんぽとは違う暖かさがあった。


『…いつもありがとう、な。』

「どういたしまして。」


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