「やから、香川さんのこと知っとったんや。」

わたしは忍足謙也みたいな人気者に知らず知らず目標にされていて、気が付くことなく越えられたのか。

なんとなく悔しい。
男に勝てないことは分かってるけど。だからせめて女子では一番になりたかったのに。最後の夏だから。

全国で笑って終わりたい。


もっとも、このままじゃ府大会止まりが目に見えてるけど。


「香川さん、スランプなんやっけ?」

『…何で知ってるの。』

「いっ、いや!ちゃうねん!いつも元気で騒がしい走るん大好きな香川さんが部活サボるなんて珍しいから、そうなんかなと…。」

…外周、騒ぎながら走ってるの聞こえてたのか。恥ずかしい。
でも全然喋ったことない忍足謙也が気付く位なんだから、相当ひどい変わり様なんだよね。

「原因はよう分からんけど、俺でよかったら相談乗ったるし頑張ってみいひん?」

『…忍足謙也って優しいんだね。』

「あっ当たり前や!俺は浪速のスピードスターやからな!」

『はは、意味わかんない。』


あれ。そういえば笑うの久しぶりな気がする。
春休みの課題テストの結果が散々で親に怒られたし(あんた受験生の自覚あんの!?って)ご飯は嫌いなそうめんばっか、暑くなってきて部活中は汗だらっだら、ついでに熱中症で倒れかけたりとか。

『…最近良いことなかった。』

「それや、それ!!!」

二人だけの保健室に忍足謙也の声が響く。保健の先生はまだ帰ってこないし、いつまでここにいるんだろう。
外ではセミが鳴き始めて、夏の訪れと大会の予選が近づいてきてる。

…自分は間に合うのかな。


「暗くなったらあかん!」

ぎゅっとわたしの手を握りしめる。
忍足謙也の手はびっくりするくらい熱くて、蒸し暑くなってきてる初夏の今には気持ちの良いものじゃなかった。

「俺がいつでも応援したるし、ゆかりが暗なったら笑かしたる!好きなやつには笑っててほしいねん!ゴールに俺がおる思って、飛び込む勢いで走ったれ!それでも上がんなかった俺がお前抱えて走ったるわスピードスターっちゅうのを教えたる!だから頑張れや!!」

『え、ちょっ』

飛び出ていった忍足謙也の顔は真っ赤で、鏡にうつった自分の顔もまた、真っ赤だった。



「恋したのかもしれない…。」
「ゆかりが恋!?雷が降るわよ!」
「失礼な!」


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