「ねぇ、ゆかりさん。」

『..何かな財前くん。』

わたしはこの子が苦手だ。
この子とは、学年が1つ下の財前光くん。学年も違ければ部活も委員会も違う。まったく接点がないはずのこの男と何故知り合うことになったのか。


先週、学校帰りに急に甘いものが食べたくなって友だちを誘ったところ
「はぁ?わたし甘いもん嫌いだから一人で行きなさいよ。」
と言われてしまった。一人で行くのは寂しいがどうしてもおいしい甘いものが食べたかったんだ。そして一人で行くことにした。

行ったお店は閉まるのが早い、しかも結構人気なので売り切れることがよくある。
(今はぜんざいの気分だなぁ、残ってるのいいけど。)
急いで行ったが、お店は片付けをはじめていて『やばい!』と走った。

『あっ、あの、終わっちゃいっました、か?まっまだ大丈夫ですか!?』

息切れ切れで言ったらおばさんは「ええよぉ」って。優しい。
無事にぜんざいを食べることができて、わたしはご満悦。
わたしが今日最後のお客さんらしい。もっと遅くまでやればいいのに、と思ったら
「ありがたいことに人気やけん、いつも閉店時間の前に売り切れてまうんや。」とのこと。
良い悩みですなぁ。次来るときはもっとはやく来るようにしよう。


『ありがとうございましたー』

って元気よくお店を出る、なんたってわたしは上機嫌。
そしたら例の財前くんがいた。その時は名前知らなかったけど。

"本日は終了致しました"の張り紙をボーっと見ている。怖い。
わたしと同じように「あの、もう終わっちゃったんスか。」って。

「ごめんねぇ、あの子に出したぜんざいが最後やったの。」

「そうやったんすか、おおきに。また今度きます。」

あの子には申し訳ないことをしたなぁ、でもしょうがない。
そのままこの場を立ち去る。
それで終われば何も問題はなかったんだ。


(え、何この子?ずっとついてくるしすっごい睨んでくるんだけど!?)

ピタッとわたしの後ろを歩いてくる。わたしが止まれば彼も止まるし、曲がると曲がる、振り向いたらそのまま目が合った。
こ、こわ..!同じ中学生(制服が四天宝寺だった)とは思えないくらい怖い。

『あ、あの。何でしょう..。』

「なぁ、食べ物の恨みって怖いの、知らへん?」

ひええ!そんなこと言われたって、わたしのほうが先に着たんだもん!あなたが来たのは店が終わってからじゃん、わたし悪くないじゃん!
そう言いたかったが、発言を許してくれそうな空気ではない。
ていうか男の子じゃん、たかがぜんざい程度で怒らないでよ!

「今、たかがぜんざいとか思いましたよね?」

『えっい、いやいやいやそんなこと思って「思って?」思いました、すみません。』

殺される、わたし今日死ぬんだ。
お父さんお母さんごめんなさい、親孝行できそうにないです。短い間お世話になりました。

「何勝手に人を殺人鬼にしてくれとんねん。」

『ヒイッすみませんすみませんすみませんんん!!!』

「うるっさいわ。」

そう言って頬っぺたをつままれる、痛い痛い痛い。
わたし頬っぺがやたらと伸びるから恥ずかしいんだけど、いたっグリグリしないで!
腫れるまで散々顔で遊ばれて、気持ちが晴れたのかヤンキーさんは笑顔。良かった良かった。

「あんた、顔がモチみたくて気持ちいいっすわぁ。食っちゃいたい。」

『へ..?』

顔が近付いてきたときに逃げるべきだった。『痛っ!え、..は!?』頬っぺた噛まれるのはじめてなんですけど!
わけ分からなすぎて、恥ずかしくて、その後逃げるように走って家に帰った。

家に着いたらお母さんに「どうしたのアンタ、その顔。」
本当のことなんて言えないから『ジョンに..噛まれた。』(ジョンはわたしが飼っている犬のこと。)って言っておいた。
何だったのよあの人、ほんっとふざけんな!
今日は驚いてたしビビって何も言い返せなかったけど、絶対明日会ったら文句言ってやる!


今思えばこの時こんなことを思わなかったら、今を平穏に過ごせていたんだと思う。



「ゆかりさん、今日こそは食ったりますわ。」
「ヒィッ、忍足助けて!」
「とばっちり食らわすなや!」





確かに恋だった


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