『ただいまー。』

しかし返事はない。慣れたことだ。

わたしは幼馴染みの財前光くんと暮らしている。
幼馴染みでわたしの大学と彼の仕事場がたまたま近かったということで、親の勧めから同居が始まった。
そして幼馴染みから恋人という関係に変わり、同居から同棲に変わったのは最近のお話。

けれど生活時間がわたしとまったく違うので、同じ屋根の下に住んでいながら顔を会わせることはそう多くない。

わたしが眠っている間に帰ってきて、わたしが家を出る頃に起きてくる。

それはわたしの誕生日、今日でも変わらないことだ。


ふと、ベランダの窓越しに空を見る。
西の空は赤く染まっていて、誕生日という特別な日を無駄に過ごしてしまったことを余計に寂しく感じる。
友だちからお祝い・お誘いのメールもあったけれど、光くんと今日を数分でも過ごせる可能性を信じて全て断ってしまった。一人で過ごすことになるなら甘えておけば良かったかもしれない。
だから今日中にとは言わないから、せめてわたしが起きている間に帰ってきてほしい。

ブブブ、とマナーモードにしたままのケータイがメールの受信を伝える。
毎日律儀に送られてくる、先に寝とってのメールだろうか。おそらくそうだ。でなければきっと迷惑メール。
期待をせずにケータイを開いてみると、不思議な文字の羅列ではなく愛しい彼の名前。
題名には誕生日おめでとう。その一言で心がおどる。覚えていてくれただけで嬉しかった。

"今日は俺の分も飯、頼むわ"

短い文だけど、それは今日帰ってこれるという意味を表していて、やっぱり行かなくてよかったと安堵した。


***

時計の針は9時を回った。光くんはまだ帰ってこない。
テレビを点ければ電車の脱線事故、渋滞情報など不安がつのる要素ばかり。点けたばかりだけどすぐ消した。
カチコチと針の動く音だけが部屋に響く、はやく帰ってこないかな。

するとガチャガチャ、と鍵の開ける音がする。
待ちわびていた声が聞こえる。

「ただいま。」

『おかえりなさい!』

待ちきれず玄関へ迎えに行く。

「ちょお色んなとこ寄ってきてん、遅くなってしもた。」

ほら、と渡されたのはケーキの箱。
中を覗くと、小さめのホールケーキに苺が乗っているのが見えた。
少し前にケーキが食べたいと話したときに、わたしが苺のショートで彼はケーキじゃなくてぜんざいがええと言っていたのを思い出してくすりと笑う。


『ご飯用意するね。』

わたしがキッチンへ足を向けると彼はリビングへ向かう。
自分の誕生日だからじゃない、久しぶりに光くんと食べるからと気合を入れた献立をテーブルに並べる。
美味しい、という一言で作ってよかったと思える。

「あと、早いんやけど誕生日プレゼント。」

『うん?あ、ありがとう。』

あれ、今日がわたしの誕生日だよね?思わずカレンダーで確認してしまった。
すぐにそういう意味やないって言われて、じゃあどういう意味なんだろう。

「目瞑って手ぇ出し。」

言われるがままに目を瞑って手を差し出す。
ひやりとした低体温の光くんの指が触れ、それより冷たいものがわたしの指を通る。
驚いて目を開けると、薬指には彼の好きなカーマイン色の石がついた指輪。

「大学卒業するまで待ったるから、それまで大切にしとき。」

そして光くんはそっと、わたしの薬指に口付けた。



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えりんぎちゃん誕生日おめでとう!


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