「はるにゃん助けて!姉貴が!来た!」

ばたばたと騒がしい声と音を立てて入ってきたのは下の階の住人だった。
ひとを巫山戯た渾名で呼ぶそれは探偵事務所の主ハルトマンの友人で、一階で居酒屋――ひとに依ってはそのメニューの豊富さとプロ顔負けの品々から小料理屋などと呼ぶものもいる――の店主、いずみである。
いつも余裕綽々、といった雰囲気の容姿端麗なその男が余裕と優雅さを無くすのは大抵身内か従業員についてである。
ハルトマンは心底呆れ返った様な、貧乏神を見るような表情を作りいずみを一瞥し、手元の本を捲る。


「はあ?なんで僕がお前を匿ってやらなきゃならないんだ」
そんな冷たい一言も慣れたもので、いずみは如何にも態とらしくしみじみと話す。

「君の母さんが来たとき匿ってすぐバレて延々と説教喰らったのは忘れらんないなァ〜」
話しながらも、その姉から逃れるために内鍵を勝手に掛けるあたり抜け目がない男である。
探偵は心底面倒臭そうなはあ、という盛大なため息と共に手でしっしっと追い払う様に奥の扉へと彼を促す。

「…判った判った。そっちの部屋にでも入ってろ。」
「っありがてェ〜!この恩はまたタダ飯でも何でも作ってやっから!」
ぶっきらぼうな言葉を意に反す事もなく、途端にぱあっと表情を明るくし、いずみはそそくさと示された部屋へと入って行く。
しかし彼がハルトマンやその弟たちに無償で料理を提供するのは何時もの事だ。彼は金に頓着がない。


ぱたんと静かに扉が閉まり、内鍵の音が聞こえてから相変わらず本を捲りながらハルトマンは誰かに話しかける。
「うーん、掃除したばかりで良かったが、寝室にひとを入れるのはいい気分じゃあないな、レイ。お姉さんは何時頃かい?」

レイ、と呼ばれた少女のような風貌の少年がひょいと顔を覗かせた。
「……丁度2分くらいでいずみさんの所に来て……それから、ちょっと煩くなるよ。兄さんはここで?」
彼がした事のように申し訳なさそうに、その赤い目で窓の外と兄をちらちらと見る。

「ああ、ここで僕が何とか言いくるめればいなくなるだろ。お静さんは僕もあんまり得意ではないのでね……」
言いながらおろしていた髪を総て上で御団子を作りまとめる。零司もそそくさと自室へと戻ろうとして足を止めた。

「あ、兄さんあと1分くらいでこっちに来る!いずみさんが居ないって気づいたみたいだ」
「何て姉弟揃って勘のいい!分かった僕が…場合に依っちゃ弟は引き渡すぜ、面倒は一番御免だ。」
ハルトマンはやれやれという風に重い腰を上げ、玄関ドアの鍵をそっと開ける。

一緒の部屋に居るいずみは助かったとばかりに安心しきって兄のベッドでくつろいでいるが、千里眼の少年にはもう、いずみが姉にとっとと放り投げられる様が視えていた。
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