2 転校生Bの場合


 彼女は、前の学校で、いわゆる学園階層の頂点に君臨していた女王様だ。
 彼氏ももちろん、運動部のキャプテン。転校が決まって、別れてしまったのだが……。
 転校先の方が、ランクが高かったからだ。集まる男子のレベルも高いに決まっている。だから、彼女は切り捨てた。


 才色兼備、何より人の心を掴むことが得意な彼女には、クラスにとけ込むことも、華やかな部活に入ることも容易かった。
 教師陣にも愛想よく振る舞うことも忘れない。
 着々と手駒を増やしていった。学園という箱庭を制圧し、掌握したときの、達成感と支配感を味わうために。
 もちろん、新しい“彼氏”も決めていた。
 ところが、予想外なことが起こった。


「――ごめん」
 それは、彼女の、生まれてはじめての挫折となった。
 わざわざ訊くようなマネはしない。彼の本命の情報は入っている。
 絵に描いたような、面白みのない優等生。階層は、中の中。
 彼が、昨年、その子にフラれていることも、もちろん知っていた。
 それを承知の上で、十分な時間をかけて、自分を好きになるように動かしてきたはずなのに。
 彼の心には、彼女が居座り続けている。
 転校生は、自身のプライドに、大きなヒビが入る音を聞いた。





 “標的”を見つける。プリントの束を両手に持って、廊下を歩いている。
 転校生は偶然を装い、背後からぶつかっていった。
 標的はよろめいて、大量のプリントを落としてしまう。
「ごめんなさい。手伝うわ」
「ありがとう」
 取り巻きと一緒に、床に散乱したプリントを拾う手伝いをしながら、転校生は、標的の顔を盗み見た。
(近くで見ると、たしかに、すごく可愛いわね……)
 美貌は認める。
 しかし、彼女には、オーラが足りない。カリスマ性というものが感じられない。
 華やかな美人と、地味な美人なら、華やかな美人の方が上だというのが、幼少期からの変わらない女王の価値観である。
 私はこの子に勝ってるはずだ。負けてないはずだ。それなのに、彼はこんな地味な子を選んだ――笑顔の裏で、女王の対抗心の炎はますます燃え広がる。
「あなた……たしか、クロロさんよね」
「え? ええ……」
「よかったら、放課後、私達と遊ばない? 私、前からあなたとゆっくりお話ししたかったの」
「……ええと……ごめんなさい。今日は友達と約束があって」
「あらそう。じゃあ、いつなら大丈夫?」
「明後日なら」
 約束をとりつけた直後、 
「あ、クロロだ」
 と、声をかけてきた生徒がいた。
 ヒソカ。
 転校生は、内心で舌打ちした。
 ヒソカは、学園階層の外にいる存在だ。
 こういう輩とは、深く関わり合わないのが一番いい。
「それじゃあ、またね、クロロさん」
 性格上合いそうにないし、住んでいる世界そのものが違うと思うのだが、不思議なことに、クロロとヒソカは仲がいいことで知られている。
 途中で、長く綺麗な黒髪の女子生徒とすれ違った。
 イルミ=ゾルディック。
 かの名家のお嬢様。
 歩き方からして、育ちの違いがうかがえる。
 人形めいた美貌のこの少女もまた、どういうわけか、ヒソカとよくつるんでおり、学園階層の外にいる。
 転校生は、ヒソカやイルミのようなタイプの人間が好きではなかった。思い通りにならないからだ。
 以前の学校よりも、思い通りにならない人間が多い。
 おもしろくないが、やりがいはある。





「あ、クロロだ」
「イルミか、ちょうどよかった」
 廊下には3人しかいない。
 クロロはいつもの口調で、イルミにたずねた。
「さっき、お前がすれ違った女子生徒の集団の……一番自己主張が強かった子な、誰だか知ってるか?」
「新クイーン・ビー候補だろ」
 ヒソカとクロロの、「へー」という台詞がかぶった。
「イルミが知っててよかった。あの子、オレが自分のこと知ってる前提で話してくるから……それで、あの子にいきなり遊びに誘われたんだが、どうしてだか、あちらさん、敵意満々でな……後ろからわざとぶつかってこられたし」
「うわー、目、つけられちゃったんだ。何したの?」
「それが、心当たりがまったくなくて困ってるんだ。話したことすらないんだぞ」
「じゃあ、彼女の好きな男の子が、クロロのこと好きだとか、そういうのじゃないかな」
「そんな少女マンガのようなことが……」
 イルミの予想を聞いて、ヒソカが、
「クロロ、男の子のハートを盗んじゃったんだね」
 と、ニヤニヤ笑う。
「ヒソカ、その台詞、自分で言っててはずかしくならないのか?」
 と、冷静なツッコミを入れてから、クロロはため息をついた。
「オレ、いじめられるのかな……?」
「女子のいじめってえげつないって言うよね。オレはいじめたこともいじめられたこともないから、よくわからないけど」
 他人事なイルミの返しは、どこまでも冷淡である。
 一方、
「嫉妬ってこわいね」
 ヒソカは、少しおもしろがっている。
「……きついな……」



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