仰向けに寝たクロロは、膝の後ろに腕をまわし、太ももを上体へと抱きよせた。股間を大胆に開いたポーズになる。性器のすべてをさらすことに躊躇はなかった。屈辱感も、敗北感さえなかった。はやく、この情けない身体をどうにかして欲しくて、肉体を差し出していた。
 調教師が、クロロの腰を掴み、高く持ち上げる。
 それから、尻たぶに両手をやり、親指で尻の谷間を左右に広げた。
 調教師は、自身の亀頭を、楕円に口を開いて甘酸っぱい愛蜜を溢れさせる処女襞ではなく、切なげにひくついている肛門へ照準をあわせる。
「んん……ッ、くぅ……っ……ふぅ、うう〜〜ッ」
 血脈を浮かべる勃起肉の切っ先が、アヌスをズブズブ押し拡げてゆく。
 クロロの胸に去来したのは、充足感に、安堵。
「はあぁっ、あ、あぁ……ッ」
 甘い声が洩れた。
 腸壁を拡げながら中へと押し入ってくる灼熱の肉の杭。
 これだ。
 これが、欲しかったんだ――。
 細い指では届かない奥の痒い場所まで届く肉のぬくもり。
 期待以上の快感と安堵をくれる肉棒を、肛筒が歓喜して締め付ける。
 肉欲への敗北の情けなさよりも、今は、満たされる嬉しさに溺れた。
「ん、んぅ、ふっ、くふ……ッ」
 ふと、我にかえって唇を引き結んでみても、待ちに待った肛悦を前にして、緩み開いた隙間から、結局、甘い喘ぎが洩れてしまう。
 お尻の穴が、気持ちいい。
 ペニスでお尻の穴をいじめられるのが、ただただ気持ちいい――。
 緩やかなピストンを続けていた調教師が、クロロの陰唇を指で左右に広げる。
 濡れ光っている処女粘膜は、白濁の蜜をとろりと流して蠢めいていた。
「少し小ぶりで、まだガキ臭いのはどうしようもないが……入り口やクリトリスはこちらでたっぷり仕込む。奥は、未来の主人に開発してもらえ」
 調教師の言葉に、息苦しさをおぼえた。ただ、息苦しさの正体はわからなかった。





「どこに、出して欲しい」
 こたえなんて決まっているのに、調教師はわざと訊ねる。
「中に……」
「なら、声を抑えるな。それと気をやる時には、必ず“イク”と言え。我慢したり、言わずに気をやったら、中にはやらん」
 残酷な命令だった。
 喘がせる方法なんて、いくらでも知っているくせに。
 調教師がわざわざ“喘げ”と命令した意図を、クロロは悟っていた。
 調教師は、“たが”を外せと命じているのだ。
 抑制を放棄しろ。
 快楽を認めろ。
 ありのまま振る舞え。
 それができないなら、狂え。
 たとえ、本当に狂ったとしても、“命令”を果たさなければ、射精してもらえないのはわかっていた。この調教師の冷徹さを、クロロは身をもって知っている。
 狂うわけにはいかない。狂ったら、戻れなくなる。狂って困るのは、調教師よりも自分自身。
 でも、一方で、“命令だから”と、密かに安堵した自分がいたのも、たしかに事実で……。
「んん……く……ひぁ……あ……んぁ、ぁっ、あっ、あぁッ」
 唇を開くと、ピストンに合わせて、甘い嬌声が次々とこぼれた。
 まさにそれは、男に抱かれてよがる女の声だった。
「そうだ、その調子だ。なかなか色っぽい、いい声で啼けるじゃないか。そうやって、感じただけ喘げ。お前が素直に従えば、約束通り中に出してやるし、こうして……」
 ――グヂュブッ!!
「ひゃうぅぅっ!」
「お前の弱いところを思いきり突いてやる。……気持ちいいか?」
 その“弱いところ”を亀頭でグリグリ小突きながら、調教師は訊ねる。
「ひ、ぁ、きもち、ぃっ、いい……! ンッ……そこ好き……うしろから子宮、とんとん突かれるの、いい……あぁっ、あっ、ぃ、ぁあァぁぁ……!」
 我慢するのはあれだけ苦労したのに。
 我慢しないのは、あまりに簡単だった。
 我慢しないで喘ぐことが、こんなに気持ちいいだなんて。
「これはどうだ?」
 入り口まで引き抜かれたペニスを、グンッと奥まで突き挿れられる。
「ふぁあっ、あぁぁぁ……! それ、もォ、好きっ……腹の奥までっ、太くて硬いのが、一気に擦れるのもいいぃ……ゃああっ、ンッ、あぁっ」
 脳裡に断片的に強く浮かんでは弾けていくあられもない言葉の数々を口走ることが、こんなに気持ちいいだなんて。
「ン、む……」
 調教師がかすかに息を詰めた。
 はだけた服の前からのぞく逞しい胸板に、汗がうっすら浮かんでいる。
 自分の身体に、卑猥な台詞に、彼も興奮してくれているのか――そう思うと、素直に嬉しくて。下腹の奥がキュンと切なくなった。
 嬌声が、調教部屋に響く。
 突き降ろされる速度がはやまる。
「あっ、ハァッ、あっ、んっ、あうぅ」
 痒くてどうしようもない腸壁をたっぷり掻いてくれるペニスが好き。肉壁越しから、子宮を小刻みにぶって気持ちよくしてくれるペニスが愛おしい。
「んはぁうぅッ! あひ、ぃいっ、ァンッ、もうイクッ……イクッ、イクッ」
 快楽を認めながら果てるのが、我慢しながら果てるよりも、ずっとずっと気持ちいい。
(ああ、まただ)
 まるで天井知らずに上へ上へと昴ぶっていくのに、それと同時に、くらい底無し沼へと沈んでいく感覚――。
 きっと、これが、快楽に堕ちていく感覚なんだろう。
 絶頂のたびに、この感覚が強くなっていく。
 これ以上沈んだら、浮き上がってこれないと、本能が警鐘を鳴らしている。
 でも、止まらない。
「んあぅっあぁあぁぁッ! イクぅ! イクッ、イクッ、イクゥウッッ!!」
 溺れて。
 沈んで。
 クロロは総身をわななかせながら極めた。
 そして、今度は調教師が、クロロとの約束を果たす番だった。
 ――ビュグッ! ビュグブブブブッ!
 肛門の奥まで剛直を捩込み、射精した。
 腸内を勢いよく迸しる熱い体液。粘液のかたまりが、発情腸筒にふりかかった瞬間――クロロにとって、最も絶望的な時間が訪れた。
「!! い、ぃや、いや、ゃだ、これやだァっ……! あついぃっ! いっ、あっ、あぁあぁぁぁ……ッ!!」
 腸筒を苛んでいた堪え難い痒疼感が、灼熱の快感に昇華されるこの瞬間。その絶望的な凄まじさは、恐怖さえ掻き消してしまう。
 肉体と精神の“たが”を外され。ブレーキがまったく効かない。押し寄せる淫悦の奔流に、呑み込まれ。思考はぐちゃぐちゃ。もはや声を抑えるどころではない。
「ぃああぁあぁっ! イクッイクッイクッイクゥッ! あぁあぁぁぁ〜〜ッ」
 はしたない淫悦の絶叫をあげながら、クロロは肛門絶頂を極めた。手付かずの処女粘膜から、再び大量の愛液を飛沫かせて。クロロの顔が、自身が漏らした汁で濡れる。
「ひあっ……ぁっ……あぁっ……」
 ビクビクビクッと、腹が波打ち、脚が宙を泳いだ。
 肛肉はペニスに縋り付いている。
 処女の尻穴は、完璧な娼婦穴に生まれ変わっていた。
 ペニスが、ゆっくりと引き抜かれる。
 ――チョロッ、ジョボボボボ……ッ!
「! やッ、ぁぶっ、んぷ……ぺっ……うっ、ぅう……!」
 弛緩した股間から琥珀色の液体が迸しった。
 媚薬クリームを塗られたアナル調教では、最後にはいつもこうして、失禁してしまう。
 おまけに、今回は体位が体位だった。顔にまで、自分の小便がかかる。
 惨めだった。
 惨めなのに、それがまた気持ちいい。
 調教師が、絶頂失禁を嘲笑したり、罵ったりすることはなかった。
 それどころか……。
 クロロの腰をベッドへゆっくり降ろすと、
「やっと、それらしい顔になってきたな」
 と、優しい声をかけて、汗と愛液と小便に濡れた頬をいたわるように撫でてくる。
(それらしい顔って、どんな顔だろう)
 依頼人好みの、ペットらしい顔か。性奴隷らしい顔か――。
 いずれにしろ、さぞや、だらしのない顔になっているのだろう。
「ん、んん、ふぅ…………」
 唇を奪われる。頭を撫でられる。黒髪を梳く手のひらは、泣きたくなるほどあたたかくて、優しかった。“いうこと”をきちんときいた“ごほうび”だった。
 ふわふわした多幸感の波間をたゆたう。心地好かった。
 クロロは、自分から口を開いて、調教師の舌と自分の舌を絡めていた。彼の口から流し込まれる唾液が美味しい。そこに、尿の塩辛い味が混じっている。噛みついてやろうだなんて、思考の外だった。





 調教師が上体をあげて、背後を振り向いた。
 クロロも彼の視線を追う。
 そこには、女が立っていた。
 艶のある長い黒髪の女だった。
 肌は白く、スレンダーな女。
 人形めいた美貌の女だった。
(歳は、オレと同じくらいか……)
 クロロの身体は相変わらず絶頂の余韻に浸っている。
 が、思考は冷静さを取り戻していた。
「イルミか。いつ帰ってきた」
「今日」
「用件はなんだ」
「父さんにはないよ。あの幻影旅団の団長を調教中だって母さんから聞いたからさ、ちょっと見に寄っただけ。こんなに若い子だとは意外だな。オレと同い年くらい?」
 “父さん”。
 娘。この調教師の娘。
 この女も独特な話し方をする。淡々とした口調。一人称も、優雅な見た目に不釣り合いだ。
「……用がないなら、出ていけ」
 調教師の声は、厳しいが、冷たさはない。
 父親が娘に向ける声だ。
「うん。……じゃあね、団長さん」

 イルミは調教部屋から出ていった。
「……似てないな」
「あいつは母親似だからな」
「奥さんは、どう思ってるんだろうな。自分の娘と同じ歳くらいの女を、毎日犯しまくってる夫をさ」
「そんなことをいちいち気にするような女が、調教師の女房になると思うか」
「でも、あんたは、少しは後ろめたく思ってるみたいだ」
「なに……」
 このとき。
 調教師の瞳が、わずかに、揺らいだ。彼の微妙な変化を、クロロは見逃さなかった。思考まで淫熱に浮かされたままだったら、おそらく気づけなかったろう。
「娘と話してる時のあんたはわかりやすかったよ。あんた、奥さんや娘を愛してるんだな」
 今のクロロにとって、絶対的な立場にいる調教師。そんな彼がふいにさらした生身。
 支配するもの、されるもの――その立場は依然として変わっていない。
 それでも。
 使えるかもしれないカードが増えたのも事実。
 いずれ、チャンスは訪れる。
 死なずに、狂わずに、耐えていれば必ず、この底無し沼のような状況から抜け出せる。
 待とう。そのときが来るまで。







2013/4/22
2013/6/24 加筆
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