私の住む世界にも居なくもなかったけど、見る機会もなければ現実離れしずきた存在ですぐには受け入れられなかった。けど、この世界ではその海賊が異様なまで多くて...大なり小なり迷惑を掛けていると聞いてる。俄かに信じられなかったけど実際に見たこともある。凄く怖かった。そんな存在を政府が公認している?そんな話...聞いてない。
「本来ならお嬢ちゃんを攫ってくとこだが、残念なことにお嬢ちゃんは政府側の人間。やりたくても出来ねェ」
クザンさん、何も教えてくれなかった。
ただ、この施設内にもイイヤツと悪いヤツはいるとしか教えてくれなかった。
「そこでだ。お嬢ちゃんには自らの意思で来てもらおうと考えた」
一緒に過ごしてまだ日は浅い。だけどショックだ。何故か分からないけど、何かショックだ。
そのショックの中でぼんやりとヤバい人の言葉が耳を掠めていく。
「何不自由ない生活、それ以上の生活を約束しよう。仕事もしなくていい。ただ、ついてくればいい」
「.........何で」
「世界観を変えてやる。現実を見せてやる。その上で、」
「"アイス塊 両棘矛"」
冷気。
「オイオイ。アンタの大事なお嬢ちゃんが怪我するとこだったぜ」
「確かに。けどねェ、いくら何でも強引なんじゃない?」
冷気のお陰なのか解放された私の体。振り返った先には、
「クザンさん!」
何か、ごちゃごちゃした頭でも体は真っ直ぐ彼に向って走り出してる。
少しだけ開かれた腕の中、そのまま突進してく自分の体。脳内はごちゃごちゃなのに、体が、自分の腕がクザンさんに張り付いている。
「強引ならとっくに攫ってるさ。ちゃんと彼女の意思を聞こうとしたんだぜ」
「で、返事は?」
「まだだ。つーかこっちの口説きも途中だった。アンタが邪魔したから」
何か、分からない。何か、色んなことが頭を巡る。
だけどクザンさんの大きな手が頭を撫でた瞬間、少しだけ脳内のごちゃごちゃが停止した。
「仕切り直しだ。もう一度言お―...」
「必要ありません。私は貴方についてくつもりはありません」
もう体は動く。クザンさんが来てくれたから。
もう逃げなくていい。クザンさんがいるから。
もう惑わされないでいい。クザンさんが、いる。
「ほォ。一応理由を聞かせてもらおうか」
「貴方が嫌いだから。私は何処で何を目の当たりにしようとも私を変えるつもりはない。貴方と同じ...自分を曲げない」
「.........成程。今の説明でよく分かった。じゃあ話を変えよう。お前が気に入ったから連れて行きたい」
連れて行く?何処へ?
此処じゃない何処か?これ以上の何処かなんて、嫌。
「私は...此処を離れるつもりはないし、私は貴方が気に入らない」
誰かが言ってた。人は何故存在しているのか、その意味を分かる人はいない、と。けど生まれた以上生きて、その意味を探し続ける人もいる、と。
私は...生きてる意味とかそういうのは考えても分からないけど...私の知らない"此処"にやって来たことには理由があると思う。
「あらら...フラれたねェ」
「そのようだ」
その"此処"という地はきっと、クザンさんたちがいる場所だ。
ピンクのコートがはためく。嫌な歩き方をする彼がゆっくりと遠のいていくのを私はジッと見つめた。
振り返るな、振り返るな、と念を送っているとピタリと足を止められて近くにいたクザンさんの腕を掴んでしまった。
「精々、その怖い者知らずのお嬢ちゃんを守るんだなクザン」
「.........言われなくても」
クザンさんの声。
彼は振り返ることはなかったけど、シュッと彼が飛んだのを見た私は...何故かそのまま闇に落ちてった。
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