身ひとつで
「お、お世話になります...」
「あァ。で、早速で悪ィが...アレだ」
「はい。掃除、しますね」
.........なんて破滅的に汚い家だろう。
これでよくシェアしようと言えたもんだと感心するくらい悲惨な家、だ。
え、何、むしろ此処は廃墟と化してるのか。不気味ではないけど結構な勢いで荒れていらっしゃる。異臭こそしないけど...すっごく埃っぽいわ蜘蛛の巣だらけだわで人とか住めたもんじゃないんですけど......だ。勿論、そんなこと言えやしないが。
「とりあえず」
「ハイ」
「家中の窓を開けて下さい」
「了解」
これだったら...仕事場で寝泊まりした方が気管支には優しかったかもしれない。
そうかそうだね、と何となく彼の気持ちが分かった。
よしっ、と気合を入れて部屋をきょろきょろ見渡す。手頃、というか大きな箱とか落ちてないかな、と。
この家にあるもの全てが自分のものじゃないから彼に分別してもらわないといけない。それが服であれ小物であれ紙切れであれ、もしかしたら彼にとって重要なものかもしれない以上、勝手に捨てるわけにはいかない。
けど、見当たらない。箱どころか袋もない。
よくよく見れば落ちてる物は結構あるけど収納出来そうな物はあまりない。此処がリビングダイニングキッチンだから?いや、それでも圧倒的に生活するには色々と足りないような気がする。本棚はあるけど食器棚はない。冷蔵庫はあるけど調理器具とかはなーんか見当たらない。あ、カップ発見...だけど最後に使ったのはいつ?みたいな。いや、人様の家だから別にいいんだけどね。
「.........にしても、」
床に落ちてるものの中に女性物の何かが落ちてることに気付く。
しゃがみ込んで拾ったのは...可愛らしいピアスの片割れ、テーブルの上には明らかに細いネックレス、埃だらけの本棚に置かれてるのはとても小さな指輪。かと思えばソファーに化粧品とかポーチとか...何か色々あるんですけど。
「ベレッタ。窓開けて...」
それらを拾ってテーブルの上に無意識に置いてたらクザンさんが戻って来てピシリと固まった。
「あ、ごめんなさい。勝手に、」
「いや...」
まあ、普通に考えて...触っちゃいけないもの、ですよね。彼女さんもしくは奥さんの物、かな。
そういえばいつも仕事で顔を合わせてるけど「海軍」「大将」「偉い人」以外、彼のこと何も知らないんだよね。なんて言うの、敢えて聞くことでもないし聞き辛い...わけではないけど、私自身がこの世界についてよく知らないわけだから何かこう...どう聞いていいのかも分からないんだ。
......と、いうよりクザンさんに彼女さんとか奥さんとかいたとしたら何、私、図々しい小娘じゃないですか!?上司に頼まれて監視してるだけの小娘をなんで家に泊める必要があるの!?で一騒動になるじゃない!!
「ご、ごめんなさい!!やっぱり私、あの部屋に戻りますから!!」
「へ?」
「えっと、何と言いますか、その...火種になります!!」
.........全力で言ってしまったけど「火種になります」って何。「私の存在が此処に居たら何かしら」が抜けてしまってる。
阿呆の子だよ私。言った後にアワワワ訂正しようとするけど何と言っていいやら分からなくなってる。今更「私の存在が此処に居たら何かしら」が抜けてました!なんて言ってもそれこそまた意味が分からなくなる。
「いや、あの、ですね、」
「.........あァ、おれに気を遣ったわけね」
「え?」
「大丈夫。おれ独身で彼女もいない」
「あ...」
伝わってた。凄い、さすがだ。
てか、年齢とかも敢えて聞いてないけど...私より年上なのは間違いなくて、偉い人だから収入?とかも安定してそうなのに独身、なんだ。これが向こうの世界ならまず狙い目かつ疑いの対象になるなあ。もしかして...いやいや、うん、考えないことにしよう。
「本当だよ?何なら脱いどく?」
「ぬ、脱がないで下さい!!!」
着ていたシャツのボタンに手を掛けようとしていたクザンさんに思わず飛びついて制すれば、頭上からくすくす笑いながら「冗談なのに」という声がした。冗談なら冗談らしい顔で言って頂きたい...真顔で言わないで頂きたかったですよ。
「と、とりあえず、何を捨てて良いのか分からないんで色々分別して下さい!」
「落ちてるのはほぼゴミだけど?」
「はい?」
「全部捨てても問題ない」
このピアスもネックレスも指輪も化粧品もポーチも...と、窓開けついでに持って来てくれたごみ袋の中にポイポイ捨て始めるクザンさん。この世界ではごみの分別とかしなくていいんだろうか?全部燃えるごみ扱いで......って違う違う!
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