ONE PIECE [LONG] | ナノ
ひとりよがり

――それ以外にまだ置いとく理由があんだろ?

そんな理由、わざわざ考えなくたって分かってる。聞かれなくても、分かってる。
彼女の手を掴んだまま歩く廊下で一瞬でも彼女とアレを接近させてしまったことを後悔していた。こんなことなら手配書でも見せておけば...とただただ後悔した。

おれが目にした光景はヤツが彼女の首に手を掛けている時だった。
その目は決して笑っちゃいなかった。下手すれば海兵でもない彼女の息の根は止まっていたかもしれなかった。それを考えただけでゾッとする。目の前から消えられるよりもずっと...恐ろしかった。

「く、クザン、さん、」

この声が、何も納得出来ないまま消えてしまうのが、怖かった。

「.........怖い思い、させてすまなかった」
「え?」
「アレがおっかない輩の一人だ。まさか接触するとは思わなかった」

部屋に戻り、そう告げれば彼女の口からは「やっぱり...」とだけ返って来た。

「何があった」
「.........考え方の違いを、私、あの人の言葉に反論したんです。そしたら怒りに触れて」
「首を絞められた」
「.........はい。でも、私は考えを改めたくなかった」

細かく詳細を聞けば聞くほど彼女は一般論だが命知らずな発言をしていた。
相手は王下七武海...それでも海賊だ。しかもタチの悪い方の。だから七武海に入った最悪の海賊だ。この場所でなければ簡単に命は取られていただろう。その服を着ていても...この場所でなければ簡単に、死んでいた。

「.........私、死んでも命乞いなんか、したくなかった」
「ベレッタ...」
「.........ごめんなさい」
「いや...謝るのはおれの方だ」

こんなことなら目を離さなければ良かった。
あいつらが闊歩することを分かっていながら目を離した、いつも通りにさせていたおれが悪い。何も教えてやらねェのに...警戒しろって言う方が無理だったんだ。だったら最初から...首に縄でも掛けてりゃ良かったんだ。

「しばらくの間、おれから離れるな」
「え?」
「アイツは危険だ。またお前に接触して来る」
「私、に?」

あの目は...獲物を狙う目だった。次は...どんな手口で接触するか分からない。

「何のメリットもないのに...?」
「メリットデメリットの話じゃねェ。アイツは必ず接触して来る」
「そんな......あ、」
「何だ?」
「あの人..."またな"って、言った」

ベレッタの表情が一気に変わった。曇りから、雨。
まだ触れていた手が少し震えるのが分かって...思わず自分の方へ引いた。思っていたよりも小さな体、頼りない背に触れた。

「心配すんな。ちゃんとおれが守る」
「クザンさん...」
「これでも大将だからね。ちゃんとベレッタを守る。だから」

義理でも義務でも仕事でもなく、ただ彼女はおれが守る。
それに理由が必要なら...次はもう逃げずに突き付けてやろう。考えないようにした、秘めたものを奥底に蓋をしてしまった、それでも浮上して来るものを...逸らさずに正面から受け止めて突き付けてやろう。後悔するくらいなら、砕けちまった方がまだマシだ。

「おれの視野から外れるな」

これから先に起こりうる事態におけるおれへの布石なんざもういらない。

「目に留まるところにいて、絶対に離れるな」
「く、ざん、さん...?」
「いいね?」
「.........はい」

そうと決めればスッと楽になるものがあって、色々と名残惜しいが彼女の体を解放した。
多少動揺してるらしいベレッタは目をふよふよ泳がせて落ち着く様子はない。それくらい怖い思いをさせてしまったのかと思うと色々と腹立たしい。アイツにも、油断して彼女を守れなかった自分にも。

さて、どうしようか。
アイツは何食わぬ顔で此処を闊歩する。その期間はまだまだ続き、それ以外でも簡単に入り込んで来るだろう。此処に突っ込んで来る馬鹿で勘なしの海賊はそう居ないが王下七武海は別。捕まらないと分かっている海賊ほどタチの悪いものはない。彼女に「またな」と呟いたのであれば...確実に、ヤツは接触して来るだろう。いや、そうでなくても、おそらく。

「ベレッタ」

そういう目だ、お互いに。

「おれの家、部屋が余ってる」
「.........は、い?」
「引っ越しだ。今の部屋に置いておけない」

と、こっちは真剣に言ってるんだが...急すぎたかベレッタは目を見開いたまま反応しない。

「荷物は全て内密に運び出す。一度センゴクさんにも、」

相談しなくては、とは言ってもおれが勝手に決めちゃったから反対されても聞かないけどさ。
少なくともこんな場所で一人にしないためにはこの方がいい。この方が...なんて、渦巻く邪心が無いとは言えないがおれが安心出来る。

「ち、ちょっ、クザン、さん!?」
「心配いらねェよ。おれの自宅までは知られてねェ」
「いや、そ、そうじゃ、」
「別に家賃を支払う必要もねェよ。おれの勝手だからな」
「いや、それもちがっ、」
「だったら何よ。不都合ないように手配もするさ」

何かのスイッチが入ったらしいベレッタは今度はさっきとは違う震えを見せた。というよりも挙動不審だ。
どうして、どうしよう、どうして、どうしよう...をブツブツ繰り返しているわけだが、正直、その答えはすでにさっき話したはずだ。まァ...邪心が無いとは言えない、ということは伏せてるが。

「いいかいベレッタ」
「は、はい」
「おれは君の身を任されてるの。それが今...ちょっと危ぶまれてる」

それは命というよりも身体的に。

「アレはマジでヤバイ。此処でアレに勝てる人間はそう居ない。ましてや自分で自分の身を守ることも叶わない」
「.........はい」
「だからね、おれを、」

心配させないで、安心させて。傍に、いてくれ。
最後の言葉だけは伏せたけど、これが本音ってやつだ。

これから先に起こりうる事態、彼女が帰り道を見つけてしまうことをもう恐れない。
もう目を背けない、おれには彼女がその道へどうこうの選択権はない。ただ、その日が来てしまうまでの間は必ず守る。それ以外の理由で彼女を目の前から消したりしない。消させやしない。

おれの勝手。おれは、彼女を愛してるから。

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