「私じゃ、ダメです」
それが本来の私、あまりにも隊長とは違いすぎる。
色々違うっていうのは誰にでも分かることでその違いが大きければ大きいほど今は良くても後々嫌になると思う。それに...マルコ隊長が吹き込んだ偽の感情で動いてるだけのエース隊長をどうして私が縛れるだろうか。正気に戻った時、何でアイツと、なんて...最初からなければ思われないんだ。
「それで?」
「.........?」
「おれの気持ちは?」
隊長の、気持ち。
私の右手を取った隊長がその手を自分の頬に寄せた。
「おれはベレッタがいいんだ」
あったかい、隊長の頬。
「ベレッタは?」
「え?」
「おれみたいなのはヤだって言ってんだよな。ずっと」
パチン、と何かが弾けた音がした。
「そんなことないです!」
自分でも驚くくらい声を張ってしまった。
それには隊長も少し驚いた顔をしたけどすぐに寂しそうな顔をして「嘘吐き」と小さな声で私を突き放した。
嘘なんかじゃない。嫌だなんて思ったこともない。ただ少し困惑したのは事実だけど、それでも嫌だなんて思ったことない。逆に、
「私、嬉しかった、です。構って、もらえたことも、好きだって、言ってもらえたのも」
変わり者の私、それ故に村八分的な扱いを受けた時代があった。
大人たちは上辺だけで私を見て、影では子供たちに近付かないようにと告げていたこともあった。それが大きくなり医者になったとしても同じ。何処か避けられていたことを私は知ってる。一風変わった医者だと思われていた私は思いの外、奇抜な処置は行わず普通で...何を期待していたのか「所詮ただの医者」だと言われたこともあった。
だから、お父様が手を差し伸べてくれた時は嬉しかった。感謝された時も嬉しくて泣きそうだった。
それと同じで...隊長が認めてくれた時も嬉しかった。駆け寄ってくれたことも気にしてくれたことも、嬉しかった。私は医者である前に人間で、心がないわけじゃないから好意は、本当に嬉しかったんだ。
「でも、それが良いことなのか、悪いことなのか、分からない」
分からなかった。本当に、今も分からない。
真っ直ぐな隊長を疑っているわけじゃない。だけど、真っ直ぐだからこそその感情が本物とは限らない。
「苦しい、です。きっかけが、ああじゃなかったら、良かったのに、」
「.........なんで?」
「私、好きになってる、でも、あんなこと、ならなかったら、隊長は、」
「.........あァ、こうならなかったかもしれねェ」
そう......そういうことです。
「でもな、逆に言えばこうならなかったら今、お前は泣いてなかった」
「え?」
.........何それ。
「悪かったな。おれが...好きとか言っちまって、それで泣かせちまってさ」
「そ、そんなこと!そんな、私、謝られても、」
そうじゃない、そんなことを思わせたいんじゃない。
俯いて肩を震わす隊長の肩に触れて顔を覗き込めば、悔んでるとかじゃなくて口角を上げてククッと笑ってることに気付いた。え?と私が口を開く前に吹き出して笑い始めた隊長に開いた口も塞がらないし、驚きすぎて涙も止まった。
「な、なんで、笑って、」
「だってお前、今、おれと同じこと言った。謝られても困るって」
「あ...」
やり取りの復唱...
「それに...きっかけがあァじゃなかったら良かった、そう言ったよな?」
「.........はい」
「その前に好きになってるって、言ったよなァ」
「.........っ、」
「それって、勘違いじゃね?」
「え?」
「おれがガンガン迫ったから流されたんじゃね?」
吊り橋効果だったっけか、と隊長は平然と言い放った。
私が懸命に説明した現象。吊り橋を揺らして楽しむ隊長の傍、私は感情をすり替えてしまった?そう、彼に言われてる。
「違います!私、でも、」
頭の中でその絵が浮かんで、だけど言葉が先に否定した。
「.........勘違い、ですか?こんなに、苦しいの」
否定されて苦しい、こんなことは今までになかった。
知識と知識のぶつかり合いで否定されること異論を突き付けられることはよくあることなのに、慣れていて痛くも痒くもないはずなのに、今は痛い。
「好きなの、勘違い、なのかな」
隊長と同じ。私も...そうなのかな。
いや、違うと思う。私は隊長ほど真っ直ぐじゃなくて素直でもないから、もし、勘違いだとしたらすぐに気付くと思う。あれ?って今まで沢山思って来てその度に考えるようにしてきたんだもの。それが例え、私が思い違いしていたことでもきちんとした本に書かれていたことであっても、一度深呼吸して真っ白にして考えて来たんだもの。それをしなかったこの感情は、間違いでも勘違いでも思い違いでもない。
それをどう説明しよう、と考えていたら隊長が「あー...」と小さな声を発しながら頭を掻いた。
「悪い。イジメすぎた」
「え?」
伸びた手が頭を撫でてそのまま背に回されて、姿勢悪くも隊長の体に倒れ込む。
「おれとしては勘違いにして欲しくねェ」
足の向きが少し変で体の向きが異様だけど触れた場所はあったかい。撫でられてる背中が気持ちいい。
「ずーっと言ってんだろ?おれはきっかけが何であれマジで好きだから」
ニッといつも通りに笑うエース隊長。
優しく頬を撫でてちゅっと音を立ててキスをした。何度も何度も、凄く嬉しそうに触れてく。
「これでようやく両想いな」
良いとか悪いとかじゃない。まとまらない脳を放置して私はただ頷いた。
擬似パラドックス
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