ふと、ぼんやりと歩いて来る人影がベレッタだって気付いた。
少し汚れた白衣、手には何かの書類、感覚で歩いてんのか全然こっちも見ずに歩いて来る。だから彼女の真正面、ただ手を広げて立ち塞がってみた。
「.........え、」
「捕まえた」
「え、エース隊長、」
ポスッとおれに突っ込んで来ちまうほど書類に集中していたらしいベレッタがようやく顔を上げておれを見た。多分、3日ぶり。たったそれだけだってのにおれにはやっぱベレッタが足りてなかった。腕の中に閉じ込めたベレッタの感触が何か恋しい。懐かしくて仕方ない。そんな感覚。
「久しぶり」
「え?久し、ぶり?」
「お前ここんとこ全っ然見つかんなかったけど何してたんだ?」
何に戸惑ってるのか知らねェけど、おれの腕の中でオロオロしてるこの小動物...すっげえ可愛いんだけど。
「あ、あの、普通に、仕事を、」
「部屋で?検査室で?医務室で?」
「い、色々ですよ。というか、どうしたんですか?」
どうした?どうしたと聞かれればどうもしてない。ただ、ベレッタが足りなかっただけ。
「......あ、腹減ってるよな?まァ食えよ」
「え?あ...は、い」
そう言いたいのは山々だったけどきっとベレッタには通じねェ。
何か医者らしいこと言って否定とかされてそこそこへこむからもう教えてやんねェことにした。おれみたく悩めばいいし、おれのことだけ考えればいい。だからもう答えてやんねェんだ。
席に座って配膳された食事を食べ始めたベレッタ。多分、もう冷えてるだろうけどちまちました手でフォークを持って美味そうに食ってる。
「あの、エース隊長」
「ん?美味いか?」
「え?あ、はい。いつも通り美味しいです」
「そか」
時々こっちを気にしながら食うスピードは異様に遅くってもどかしい。けど口がちっちゃいから仕方ない。
てか、ほんとに小動物みてェで可愛い。何だろう、何かよく分かんねェこの気持ち。無性に撫でたくなるような、抱き締めたくなるような...ただ眺めてるだけでもあったかい気持ちになるのは、いつかマルコが言ってた「好き」って病気の所為なのか。
「.........あの、」
「ん?」
「えっと、何かご用、でしたか?」
食べる手を止めて戸惑った様子でおれを見るベレッタ。用もねェのに声掛けんなって言いたいのかよ、とは思っても口にはしねェ。多分、泣くから。
泣いた顔は見てねェけど泣かせたことはあって、こんなこと言ったらまた何処か見えねェとこで泣くかも...そう考えたら痛いから言えねェ。
「用、ねェ...」
ただ、会いたかった。ただ、傍にいたかった。
「.........エース隊長?」
顔を見て話して、ずっと傍にいて...離れたくない。それだけ。
「あー...あるある。用ある!だからちょっと付き合ってくんね?」
「は、はいい?」
頭の中はすっげえシンプルにこの言葉しかなくて、それ以上にシンプルに用が出来た。
「今日、一緒に寝よう!」
「.........は?」
「一緒に、寝よう!」
別にヤッたりしなくていいし、抱き締めて寝るだけでいい。
そりゃシたくなりゃシてもいいけど...多分、おれ死ぬ。死ねる自信の方が強い。触るだけですっげえドキドキするから多分、爆発する。
「大丈夫!悪ィことはしねェから!」
「いや、あの...っ」
ガタッと席を立ったベレッタは飯もまだ残ってんのにおれから数歩遠ざかった。完全に逃げる体勢だってのはすぐに分かったから当然捕まえる。捕まえなかったら...多分、また会えない時間が出て来る。そんなのは、嫌だから。
「.........ダメか?」
「あ...」
「ずっと捜してたのに3日もいなかったし...会いたかったんだ」
ちょっと項垂れてしょぼくれて、ベレッタにそう言ったらオロオロきょろきょろされて...何だか可愛い。
可愛い。可愛く見えるのはおれがそういう病気だからか。ドキドキすんのも...そういう病気だからか。医者にも治せねェ病気、らしい。けど、別に嫌じゃねェから治んなくてもいいや。
「今日はおれの隣にいて?な?減らねェしいいよな!」
「えっ、あ、の、」
「よし、おれの部屋行こ!」
「え、ええ!?」
ずるずる引っ張ってく間、ベレッタが何か言ってるけどおれの耳には届かない。聞こえない。届いたとしても聞こえたとしても決定事項を変えるつもりはない。ベレッタに変えられることもないだろうけど。
なーんとなく分かってんだ。
ベレッタは押しに弱ェ。否定しても拒否しても結局はおれに流される。そういう優しい心に付け込んでもおれの良心は痛まねェから...ドキドキしたい。もっともっとドキドキしたい。それで...ベレッタもおれにドキドキすればいい。
「ちょっ、エース隊長!!」
何度も名を呼ぶベレッタを無視して彼女を部屋に連れ込んだ。
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