こんなの、違う
この施設に随分と不似合いなオープンテラスのカフェがあることは知っていた。
知ってて足を運ばなかったのは、私がその場に行ってイイのか悪いのか分からなかったから。
「この海軍にも...イイヤツと悪いヤツはいる。気を付けるんだ」
険しい表情でクザンさんがそう言った時に私は決めたんだ。不用意にウロウロしない、と。
それなのに...何でこんなことになったのかが全く分からない。何でその不似合いなオープンテラスのカフェに私は引っ張られてお茶なんかしてるのか、目の前の人がどうしてこうも私を手放してくれないのか、なんていうのも分からない。
「あの、」
「まァいいじゃねェか。時間は空いてるって言っただろ?」
フッフッフ、と笑う顔つきは...ナンパ野郎とは少し違う。最初は気付かなかったけど何かヤバイ系統の人だ。
偉い人とか権力者とかの類じゃなくて本当にヤバイ人。庶民なら関わりたくないマル暴とか呼ばれちゃう類の人に近い雰囲気。そういう人って基本的には民間人には害を与えないって聞くけど...この世界のこういう人っていうのはどうなんだろう。
そんなよく分からない人と何故こんなことになったか、それは本当に偶然だった。
ただ単に私が歩いてたら道を聞かれた。建物から出ようとしていたらよく分からなくなったって。だから素直に出口を教えてあげた。でも説明がよく分からないからって案内してあげた...ただそれだけだった、のに。
「じ、時間は休憩中でしたから、空いてますけど...私も仕事が、」
案内しますよって言った時に聞かれたのが「時間はあるのか?」という一言。
私にはきちんとした規定がないから時間を割られていなくって好きな時に休憩が出来る、時間だって1時間でも構わないとクザンさんに言われてる。勿論、そんなに大きな休憩は取ることはないけど...つまり、そういう意味では空けることが出来た、だ。
「真新しい服。どうせ戦わねェお嬢ちゃんだろ?」
お嬢ちゃん...そう呼ばれるほど私は若くないんだけど。
確かに戦う戦わないで言えば私は「戦わない」だ。でも戦わない戦えないで言えば「戦えない」んだ。そういうところに居なくて身を守る術すら知らない平和なところで生きて来たから...けど、そのことに対して引け目負い目は感じてない。だってわざわざ争いなんて、したくないもの。
.........なんて、ちょっと言えないけど。
「だったら大した仕事は持ってねェよなァ」
「そ、そんなことないです!」
小さな仕事から大きな仕事まで...書類ばっかりだけどあります!と言えばこのヤバい人はただ笑った。
やっぱりただのお嬢ちゃんだと笑って、その笑顔のまま衝撃的な一言を吐いた。
「だったら戦場行ってみるかァ?人の生死はおもしれーぞ、フッフッフッフッフ」
「.........え?」
「頭も体も力も権力も...よえーヤツが死ぬ。どんなにデカイ図体の男でも一瞬の世界」
「.........な、に」
「大男の断末魔、悲鳴を上げんのもみっともねェんだが最高におもしれェ」
目の前のヤバい人は、楽しそうにそう言ってダイナミックに笑った。
.........痛ければ、誰だって悲鳴を上げる。
それは性別年齢に関わらず共通の意思表示。痛いものは痛い。我慢出来る範囲だってある。堪えられずに悲鳴を上げることがどれだけの痛みかなんて私には分からない。でも、それをただ嘲笑って見ることなんか通常の人間には出来ないこと。目を、背けたくなるもの。
小さな子供が泣いてるだけでもこっちまで痛くなるのに。どうしたのかなって心配になるのに。
.........そんなの、面白いはずがない。
「戦場が面白いだなんて...頭おかしいわ」
私は戦場を知らない。知らないけど、この感覚は間違ってない。
目の前のヤバい人の笑いが止まった。上向きだった口角がゆっくりと下がってくのが分かる。サングラスの所為で目付きは分からないけど...多分、怒らせたと思った。周囲の空気がどんどん淀んでくのが私にだって分かる。けど、怯んだりしたくない。
「貴方の神経を疑う」
「何?」
「神経を疑うって言ってるの」
絵や写真、映像でしか見たことのない世界だけど見ていて気分のいいものじゃなかった。
子供を亡くして泣いた親、親を亡くして泣いた子供、沢山の血や沢山の傷痕...それは人だけじゃなくて周囲を蝕んだ色をしていた。
映画でも泣いた。それがただ忠実に再現されたものであっても辛かった。エンドロールで流れてた実際の映像や写真...それだけでも胸を締めつけられた。生きられた命...それでも戦わなければならなかった人たちが、今、全く関係ない世界で馬鹿にされているようにも思えた。
[ 戻る / 付箋 ]