それはきっと罪悪感
「怪我した。診てくれベレッタ」
「.........あの、これ、掠り傷です、けど」
「眠い。眠すぎるってのは病気か?」
「いや...隊長は健康そのものだと思います」
「腹が減りやすいのは?」
「あの、生きていればお腹は空くかと」
.........何なんだろう、この質問たちは。
お父様の配慮で出来た書斎、各地で集められた医学書を読むためによく利用させてもらってるけど最近、隊長の出現率が高い。
多分、この人は書簡とは無縁に近い人。こんな辛気臭くて埃っぽい部屋に居るよりも明るい太陽の下の方が似合う人。だから...この出現率の高さには異常を感じる。でも、それなりに用件も持って来ているような持って来ていないような。
で、今も私が本を探す傍らにいて私が抱えていた本を持ってくれている。
「お前よくこんなの読んで頭痛くなんねェな」
「まあ...頭が痛くならないこともないんですけど」
「だよなァ。だったら外出た方がいいぞ」
日光浴は確かに体にはいいんですけど、というところですよ隊長。
少なくとも海上に出てしまったら甲板しか外は無くて、そうなると私みたいなのが意味もなく日光浴してると邪魔になったりするかもしれない。そう考えると日光浴は部屋の窓からの光で十分。と、いうよりも私は"此処"に用があるんです。
と、言うか言わないかを悩んでいたら空いた手で私の腕を彼が掴んだ。
「ほら、外行くぞ外!」
「あのですね、私、それなりに調べ物がありまして...」
「ん?」
「此処に用事があるんです。ですから外はちょっと、」
私の仕事は怪我を診るだけじゃない。
何処かの島に居る時は勝手に色んな事してるけど、少なくとも海上では別の仕事に専念するようにしてる。箇所箇所に対応した新薬を作って他の船医さんと議論する仕事がある。その薬の抗体テストもしなきゃいけない。データを取ってまた議論しなきゃいけない。
私が船医の中で新参で最年少で一番頑張らないといけないから...遊んでる場合じゃないし、そういう暇もあっちゃいけない。
「じゃ、用事が終わったら外行こうぜ」
「いや、此処での用事が終わったら別に仕事が...それにお父様の検診も、」
今週から私が当番で前の人から色々と状況を聞かなきゃいけない。最近また、お酒を嗜む量が増えてるってナースのお姉様たちも話してたから...話を聞いてカルテもきちんと見ておかないといけない。お父様に何かあったら大変。
「お前、オヤジの検診とかしてたのか」
「と、当番制、なんです」
じゃなかったらお父様を診る、だなんて荷が重すぎる。それにお父様だって、こんな小娘に身を任せるとか...いや、もう此処に居る大半の人が本当は怖いと思うんだ。医者として経験が浅すぎる私なんかに判断させるのは。だから、私は、もっと頑張るための時間が欲しい。
「でもよ、キリキリしても逆に良くないんじゃね?」
「.........それは、」
「たまには甲板出て、おれと遊んでもいいと思うぞ」
確かにたまには息抜きも必要だとは思う。
脳に栄養ばかり与えすぎてもグイグイは成長しない。体も時間無制限に動けてエネルギーが減らないとかいうのもない。たまには整理する時間、休める時間は必要だと思いはするんだけど...エース隊長"と"遊ぶとか、どれだけおこがましくも図々しい船医だろう。陸地だったら女性に襲撃されてもおかしくないくらい図々しいよ。それこそ、一クルーの分際で、だ。
にこにこ笑うエース隊長。その笑顔が本当に眩しい。でも、感じる違和感。
「あの、」
「ん?」
多分、あの日からだ。記憶を辿れば...彼と出現率が格段に上がった日とあの日が交差する。
「まだ、気に病んでませんか?」
「え?」
「あの日のこと、悔んでませんか?」
ギクッて表現がとても似合う顔をした。彼は...本当に素直な人だ。
「気に掛けて頂けるのは光栄ですけど、」
素直な気持ちは確かに私に伝わってて、謝りたい気持ちもきちんと受け取りました。
医師として認めてもらったこととか仲間として認めてもらったこととかの嬉しさは、泣いてしまったあの日の感情より強いから大丈夫です。
「無理されなくていいですよ」
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