多分、こういうヤツを馬鹿って言うんだろう。
馬鹿なこと考えて馬鹿なことして、おそらくどうしようもねェ最期を自分から嬉々として迎えるんだ。これで良かったんだって、思いながら死んでいくんだろう。こんな馬鹿、何年ぶりに見ただろう。本当に、本当にどうしようもねェ。
「ベレッタ」
ずっと張ってた食堂前の廊下にアイツはおれらより随分遅れてやって来た。
白衣を着てるから...何かの作業途中でメシを食いに来たんだろう。出来れば邪魔したくねェけど...呼び止めた。そのためにおれはずっと此処に居たんだから。お前に、言わなきゃいけねェことがあるから。
「エース隊長?」
アイツはきょとんとした顔でおれを見た。呼び止められた意図が分からずに。何もなかったかのように。
「ごめん」
そんなアイツにおれは頭を下げた。謝ったからってあの言葉は消えるわけじゃねェけどそうしたくて頭を下げた。
「.........えっと、どうかしました?」
「こないだは...ごめん」
そう言った瞬間、何についての謝罪なのか分かったらしく「あ...」と口から言葉が零れた。
けどおれは顔を上げてなくてその表情は見えない。だけど少し戸惑ってるのか、おれの足元、オドオド揺れる小さな手が見えた。小さな手がゆっくり近づいて触れるか触れないかの距離で揺れる。顔を上げて欲しい、と揺れる。
「あの、謝る必要ないです、から」
顔を上げて見えた、戸惑いの表情を浮かべたアイツ。
もう一度「謝る必要ないですよ」と言って伏せ目がちに呟いてスッと横を通り過ぎようとしたから、思わず揺れた小さな手を掴んだ。冷たい、手。少しだけカタカタ揺れてる。いや、震えてる。おれが、そうさせてんだろうか。
「でもごめん。泣かせたらしくって、その、」
クソッ、こういう時ってどう謝っていいのか分からねェ。
別に泣かせたって理由だけで謝ってるわけじゃなくて、おれが何も知らなくて勝手に思い込んで酷いこと言って、それも謝りたくて...
それをどう説明していいか分からずにいるおれにベレッタは少しだけ微笑んで、掴んだ手の上に手を重ねて来た。
「.........有難う。私は、大丈夫ですから」
スッとおれの手を握ってからゆっくりと手を離した彼女は、優しかった。
泣くほど悔しくて悲しくて、それでも何も言わずに隠して、今はただ謝るしか出来ないおれを微笑んで許してくれる彼女は、こっちが痛くなるくらい優しかった。今からでも遅くねェ。好きなだけ文句言ってくれたっていいのに、しない。そんなんだから...馬鹿なんだ。
笑って、頭を下げて立ち去ろうとする彼女におれは思わず叫んだ。
「おれの体!お前にしか診せねェから!」
「え?」
もう診て欲しくねェとか思ってない。
振り返ったアイツは目を丸くしてした。間抜けにも口も半開きで...驚いてるらしい。
「おれの体全部!お前に預けるからなベレッタ!」
「え、エース隊長...」
病気...は、あんましねェけど怪我したら頼るから。どっちかって言うと怪我の方が多いしな。
誰も居なくなった食堂前の廊下でそう叫んでれば自然とシェフたちが何事かと顔を出してたが知ったこっちゃねェ。
と、その時だった。アイツの顔がふにゃりと崩れたのは。
「.........その言い回し変ですよ。誤解されても知りませんからね」
ぷっ、と口元に手を当てて笑ったアイツは今までに見たことない晴れやかさでどっか幼くて...可愛く見えたとか、誰にも言えねェ。
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