オヤジが娘を拾って来た。聞けば腕に自信があるらしい。何処まで使えるのか、次の島までに見極める必要がある。
拾って来た娘は少なくともウチの下っ端よりも腕があることが判った。オヤジは前線に出すことを拒んじゃいるが、娘は暴れたいらしい。とりあえず第一戦闘部隊に入れてみることにした。
娘は誰よりも飲み込みが早いことが判明。動体視力がいいらしい。他のクルーが妬みやしないかと心配だ。
妬むどころか娘は馴染んだようだ。特に下世話な発言をするヤツと笑い話をしている。変わり者だ。
功績を認めて娘を一番隊副隊長にすることを決めた。これはおれら隊長たちの間で決められ、オヤジは少し頭を抱え込んだが了承した。明日、島にも着く。そこでそれを告げて宴会でもしようと思う。初の女性副隊長だ、皆、張り切ってる。
宴会の途中、娘が居ないことに気付いた。酔って部屋に戻ったのかと思えば部屋はも抜けの殻。捜しに出てみれば遠く離れた場所で月を眺めていた。月に手をかざしていた。何故か、声が掛けられなかった。
昨日、何処に行っていたのか問い質したが娘は部屋に居たと嘘を吐いた。本来なら嘘は許されないがあの光景を思い出したから、それ以上何も聞かずに嘘を信じたフリをした。
花街帰り、たまたま寄り道をしたらアイツがいた。また、月を眺めていた。
アイツは陸に上がると嬉しそうに毎晩出掛けていくとサッチに聞いた。そして、誰よりも遅く帰って来るらしい。遊びに行くのは自由だが始末書沙汰にならないように注意するべきだろうか。いや、その前に別のに釘を刺しておく必要があるか。
たまたま出掛けようとした時、アイツが部屋を出て行ったのに気付いて後を追ってみた。単なる好奇心のつもりだった。面白ければいい、くらいの感覚だったのに、アイツはやっぱり月を眺めるだけだった。崖の付近で一時間も二時間も...月を眺めるだけ。
今日もまた、野原に寝転んで月を見ていた。
今日もまた、岩の上に座り込んで月を見ていた。
今日も月を見ていた。陸に上がる度にアイツは月を眺めているようだ。
今日も月を眺めるのだろうかとつけてみた。今日は木の上から足を投げ出してやっぱり月を見ていた。
雨の中でも月を見るのだろうかと思ってつけてみた。やっぱり月を見ていた。アイツは手の届かない月に恋でもしてるのだろうか。
今日も湖のほとりで足を水につけて月を見ていた。だけど今日は水面に浮かぶ月。時折、足をバタつかせてた。機嫌が悪いのか。
海に出るとアイツは月を見ないらしい。隣の部屋から音がする。束になった書類を捌いてるんだろう。
その辺の女を抱きながらアイツのことを考えてた。おかしくなったんだろうか。
今日もアイツは月を眺めていた。いつもより少し近づいてみたが声は掛けられなかった。手を伸ばしてた。けどその表情は曇っていた。恋する顔というわけではない気がするが、見ていて痛くなった。
ああ、泣きそうな顔だと気付いた。今日も泣きそうな顔で月を見ていた。
アイツが一番隊副隊長になって1年。海でのアイツはいつも通り。陸でのアイツもいつも通り。海では書類捌きと戦闘に精を出し、陸では届かぬ月を眺めてる。あの月が欲しいのか、あの月に捕らえられてるのか、声は掛けられなかった。
色々溜まってきたから適当なのを捕まえて出してしまおうかと思っていたが、実際にそうしようとしたら吐き気がした。気持ち悪い。金だけ払って花街を出た。その帰りにまたアイツを見た。今日は船に近い場所で月を眺めていた。
月にどんな魅力があるのか、おれも同じように過ごしてみることにした。アイツから離れた場所でただ月を眺めた。どちらかと言えば吸い込まれそうで気持ち悪い。こんなもんをずっと眺める神経が知れない。アイツは月が消えるまで、月を眺めていた。
一晩中、月を眺めてそのまま太陽の光の中で寝ている。部屋に戻って寝ればいいのにアイツは昼近くまでその場で寝ていた。
海と陸の違い。おれらにとっては色んなことが違うがアイツはどうなんだろう。
何となく分かった。アイツは陸での居場所がない。おれらが自由にするからアイツの居場所が何処にもなくなってる。
月が消えるまで起きてる。太陽が昇るまで起きてる。太陽が昇れば安堵するのか。手を伸ばすのはさっさと消えて欲しいからか。握り潰したくて伸ばしているのか。今日もまた聞けなかった。
遊ぶのを止めて1年、さすがにサッチがおれを心配して島で一番の女を持って来たが返した。そんなことよりも、と考える自分がイカれてることくらいすぐに気付く。月を眺めるベレッタ、アイツの所為だ。
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