countdown 03
手を伸ばしたら、あの月をぶっ潰すことが出来るだろうか。
そんな仕草をもう何度も見て来たってのにおれはまた息を飲んだ。その姿は夢見る子供のようにも見えるし、何かを求める熟された女にも見える。差し伸べた手が空を掴むと知っててそれでも伸ばし続ける姿に、おれは何度欲望を抑えたか分からない。
「ベレッタ」
もう何年、この光景を見続けただろう。我ながら馬鹿みてェに。
「.........マルコ?」
「何やってんだよい」
「い、いや、それはこっちの台詞、ですけど」
だだっ広い野原に寝そべっていた彼女が慌てて体を起こして阿呆面を晒す。驚くのも無理はねェがあまりに阿呆で少し笑えた。
が、相変わらず感心しねェのはこれだけ近くに来たってのに気配を察知しねェくらいダラけてること。船ん中では警戒してる癖にどんだけ無防備に転がってるのかって話だ。強くなきゃその辺の賊とかに犯されてるとこだ。
「おれは月を喰いに来た」
「.........は?」
「隣、座るよい」
無防備が一転して副隊長の警戒に変わる。それはそれで悪くはねェが良くもねェ。
「お前、今日は随分早くに消えたな」
「あー...」
「サルベージ大会終了の挨拶でもさせようって思ってたのにねい」
「あ、いや、別にソレはいらんでしょ」
それなりに換金出来るもんは各部隊で見つかったみたいだし、と笑っちゃいるが何かしら動揺してる。
見られたくなかったんだろう。こんなとこでぼんやりしてる自分を、嫌いだと言った月に手を伸ばしてる自分を。
「ベレッタ」
ポケットから取り出したのは本日の戦利品。手を開いてみせたらベレッタが不思議そうに中を覗き込んだ。
「.........コレは見つかったブツの一つだよい」
シンプルなピアス。純金、動けば揺れるヤツで引き上げた戦利品の中で唯一、彼女が見つめていた代物。
「あー...うん、綺麗なピアスね。売ったらいくらだろ」
「お前にやるよい。欲しかったんだろ?磨いてもらった」
最初にソレを手にしたのはエース。派手なのが好きだから目を引いたんだろう。それを売るかオンナに譲るかと叫んだ時、彼女は手を伸ばすのを止めた。元より戦利品は要らないと言ってしまった手前もあってだろうが、手を伸ばさなかったことにおれは妙な違和感を覚えた。
いつだって、彼女が手を伸ばすものは届かないものばかり。届きそうなものには...手を伸ばさない。
「.........折角だけど換金してきなよ。気持ちだけ貰っとく」
「磨き損じゃねェか。受け取らねェなら無理やり付けるぞ」
「いや...いいって。気持ちだけで十分。有難う」
だから代わりにブン盗って来た。エースは脹れたけどな。
いつまで経っても受け取ろうとしない彼女と押し問答するつもりはない。言った通り、無理やり耳を引っ張って今あるピアスを強引に引き抜いた。右も、左も。痛いと顔を顰め、顔を背けようとしたが無理やり金のピアスを付けると...それは揺れた。月と同じ色だ。
「いっ、たいんですけど」
「人の好意を素直に受け取らねェお前が悪い」
「いや、好意は受け取ったよ。でもコレは...」
「換金するかオンナにやれ、だろ?だからお前にやるって言ってんだ」
.........あーあ、言っちまった。
言おうと思っちゃいたけど実際に口にすると気分はこんなもん。けど言わなきゃ良かったなんて思っちゃねェ。
月夜に照らされたベレッタの目が大きく揺れて...次第に水膜を張り出したことにギョッとした。口はへの字にして少しだけ体が震えてる。怒ってんのか?けど、怒らせるようなことは言っちゃねェつもりで...掛ける言葉に戸惑った。
「.........じゃ、ない」
「ベレッタ?」
「わたし、は......そんなん、じゃない、」
急に立ち上がって拳を握りしめたベレッタにおれも慌てて立ち上がった。
「私は、副隊長よ。一番隊副隊長で、そんなんじゃない、」
あァ...そういう風に捉えたのか。
そこまで毛嫌いしてて我慢してたんだな。その時間だけの関係、割り切った関係、それだけが目的の...関係、それをおれがお前に求めてるとでも思ってんのかい。だったら違う、おれは別に体だけが目的じゃねェ。
「.........でもオンナだ。お前はずっと、おれが口説こう口説こうと思ってたオンナだよい」
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