空を掻く指先
ベレッタは今から始まる儀式を前にうんざりしていた。
着たくもない服を身に纏い、父や兄に混じって他の親族と共に息苦しい儀式の間に集まるのは面倒以外の何ものでもなかった。
祭り事ならいい、楽しければいいが、この場での神妙な空気ときたら彼女にとっては苦痛でいっそ祭壇とか薙ぎ倒して暴れてやろうか、くらいの考えすらうっすら浮かぶ。だが、それをする勇気はない。厳格な祖父が見てるから。
新たな神官を選ぶ儀式、これを目にするのは初めてだった。
ベレッタの祖父は"レガリア"に認められ、彼女が産まれる以前に神官となった。神官とは、王を支える大臣のような存在。国に災いが及ばぬよう神の声を聴き、神を崇め、神に祈る。時には戦陣に立ち、軍師のように戦う。神の名の下、国と王・国民を守るために。
始まりが何なのか、そんなことを考える暇があれば勉強しなくてはいけない、体を鍛えなけれはいけない。例え、自分がその荷を放棄しようとも"血"がそれをさせることはない。彼女はいつもそう聞かされ、生きてきた。
「これより儀式を行う」
祖父の声が広くも狭くもない場所に響く。
耳に手を掛けた祖父はゆっくりとソレを取り、祭壇は鏡の傍に置いた。そして祭壇に向け、彼が手を伸ばせばそれらは光を放ち、彼の中から隠されたモノが抜け出て来る。その異様な光景はもう彼らには見慣れたものであった所為か誰も驚きはしない。ただその光景を眺め、時を待つ。この儀式で神官を選ぶのは祖父じゃない。その"レガリア"だった。
"レガリア"とは、神器のことで選ばれし者が使える三つの道具。一つは宝珠、その身に身に付け声を聴く。一つは鏡、映される災いを視る。一つは刀、その身に隠し戦う。どれか一つ欠けても意味はない、神官でなければ道具でも何でもないただ置き物となる、そういった代物だと教わった。だが、これらには神が宿っている。その神は、代々同じ"血"を選んだ。
「この身老いてお役目は果たせぬ。お選び下され、お導き下され"レガリア"よ」
普通だったら信じないだろう。神、など。
幻想、空想、妄想...そう思いたいところだけど彼女は祖父の間近で感じていたものがあった。一度だけ、何も視えぬはずの鏡に風景を見たことがあった。誰にも言えなかったが災いを見た。祖父の役目を、見た。
不意にそれを思い出して首を振ると、兄がキッと彼女を睨んだ。
儀式の最中に雑念を持つことは許されない。本当は溜め息を吐き散らしたいところだが堪え、小さく頷いた。
早く、終わればいいのに。ジッと待つだけの彼女たちに急に光は訪れた。
「っ、」
閃光、固く目を閉じたベレッタ。思わず手で目を覆う。
「.........ベレッタ」
祖父の声が聞こえた。やはり、と諦めたような声。
光を感じなくなった頃に彼女が目を開けば、誰もが自分を見ている現状に気付いた。驚いた表情の父と兄、何故か唇を噛んでいる叔父と従兄、目が合った途端、目を伏せた祖父。ベレッタは何が起きたか分からなかった。
「"レガリア"は......ベレッタをお選びになられた」
「.........え?」
「神官はベレッタだ。そのお役目、その"血"を以って果たすがよい」
儀式直後に耳に穴を空けられ、宝玉は受け継がれた。血が宝玉に流れる、だがその宝玉は紅に染まることはない。
刀は祖父のように祈れば出て来た。両掌から、祖父とは違うカタチとなって。
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