.........これが神というのならば間違っている。
「ベレッタ落ち着け!」
「.........」
「今の今まで雑魚を蹴散らしただけじゃねェか。コイツも小物だ。殺す価値もねェ」
「.........価値の有無は我らが決める」
「そりゃアンタらは殺したいかもしれねェがベレッタは?彼女は何を考える?」
おれは一体、誰に話し掛けてるんだろうか。彼女か、神か、物の怪か。
鬼のような形相で今にも刀を振り下ろしそうなベレッタ相手に男は震えながら失禁してる。そんなんを助けたくておれは彼女を捕まえてるわけじゃねェ、今、ようやく分かったんだ。
「色んなもん失って、此処に来るまでの間に色んな事があったろうよ。泣く事も出来ずに頑張って来たんだろうよ。けどな、アイツは笑いながら潰すとは言ったが、形相変えてまで殺すとは言ってない。故郷のためにアンタらを取り戻したいとは言ったが、血に染まりながら取り戻したいとは思っちゃねェぞ。なんでか分かるか?アイツは自分だけ生き残ったことで、他人の死に目を見て分かっちまったからだ。復讐したって何も帰って来ない、殺したところで報われない無意味な行為だってことを分かってるんだ。だから...おれに声を掛けたんだ、そうだろベレッタ!」
彼女は決して弱くない。一人で乗り込んでも良かった。手助けは必要なかった。
ただ、自分が暴走するかもしれないと踏んでいたんだ。大方、下見と言ってた日に...何かがおかしくなることに気付いてたんだ。感情が揺れる瞬間に気付いて慌てて町に戻った、そこでおれに会った。
「こうならないようにお前は笑ってた、こうならないように鼻歌なんぞ歌った、こうならないように...おれに頼んだ、そうだろ?」
自分を止めてくれる人間をベレッタは捜してた。
「お前を止めるのがおれの役目なら、」
背後から懸命に彼女の腕を抑える。ガチガチ震える腕、カタカタ揺れる刀。
こうやって、自分で自分を止められないからおれに頼んだ。けど、おれに出来る事はこうするだけ。
「約束を果たさせろ...刀を仕舞えベレッタ!」
叫んだ、何処に彼女の意思があるか分からず叫んだ。
大きな独り言だ。彼女は何も応えねェし、男は身を縮めて震えるだけ。我が身可愛さに逃げることも、おれに手を貸すことも出来ずに震えてるだけ。背後では未だ起ち上がることも出来ずに呻くだけの男たち...おれだけが一人必死なんだ。
「.........ごめん」
小さな、声がした。
ガチガチ震えてた腕からスッと力が抜け、カタカタ揺れてた刀が...消えた。荒い呼吸とドッと流れ出した汗、そのまま凭れるように倒れ掛かったベレッタの目は色が戻っていた。ただ酷く疲れているようだが。
「おい、大丈夫か?」
「な、んとか...」
反応した。彼女は薄くニッと笑った。そして声ならぬ声で「有難う」と呟き、そのまま意識を失った。
彼女の身に何が起きて彼女の中で何が起こったのかは定かじゃない。だが、もう憎悪と殺意が消えた事には間違いなかった。
意識を失った彼女を近くに置いて、おれは最後の仕事に掛かった。
そう、彼女の求めていた"レガリア"を取り戻すこと。
「おい」
「ひいっ、」
「コイツの国から奪った鏡を返せ」
失禁野郎にさっさと返すよう促す。知らないだの持ってないだの抜かしちゃいたがまだ手元にあるはず。
「あるんだろ?鏡。出さねェと次は死ぬぞ」
「あ、あります、か、鏡なら、む、向こうの袋の中に、」
震える手で指差した先には汚ねェ袋がドカッと数袋置いてあった。おそらく今までの戦利品を入れてんだろう。
あの袋から鏡を探すのは骨が折れそうだが、ここまでがおれの仕事で約束だ。無視は出来ねェ。あいつが起きるまでに見つかるといいが。
「そうか。なら返してもらう」
あァそうそう...忘れちゃいけねェことがあった。
鏡を探す前にもう一つ、私用だがやることがあったのを思い出した。
「おっと、そういや賞金首だったなアンタら」
"海賊狩り"のゾロ。
それが何処かの誰かが付けた名で、おれは地味に賞金稼ぎやってるんだった。
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