ベレッタさんの父親によって壊滅した海賊団に所属していた船員は確かに居た。
実際に戦闘経験もある船員も居て、マルコもそのうちの一人だという。だが、いつもうまく逃れて来たんだと彼女を目の前に笑った。勿論、嫌味でも嫌がらせでもなく...単なる昔話で。
強かったとか弱かったとか、怪我をしたさせたとか、そんな話じゃない。ベレッタの父親は真面目に取り組み、遭遇すると厄介な相手だと認定されていたらしい。
「しかも、しつこいんだ」
「あー...確かに。追求し出すと延々に、ね」
「お前そっくりだよい」
「.........私、しつこくないし」
不思議なやり取りを見た。
表面上だけかもしれない。彼女を恨んでいる表情をしていないだけで裏では...いや、それでも表に出ていないだけいいのだろうか。
「お、傷はそこそこ塞がってしまったらしいな」
「そこは私の腕でしょ」
「エースの生命力だろうよい。おれらより遥かに若ェし」
誰も、おれという存在を疎ましく思っていないのだろうか。
「これで少しは落ち着いてくれるとお姉ちゃんは嬉しいんだけど」
「オバちゃんだろ?」
「失礼な!」
不思議な...光景。
「.........有難うベレッタさん」
「お、素直。可愛いねー」
「本当にババアじゃねェか!」
「エース、この年増には気を付けろよい」
彼女は...サッチの後頭部に回し蹴りをした後、マルコにボディーブローをかました。彼女曰く、父親に仕込まれた技の一つらしい。
「うおっ、」
「ぐっ、」
「余計なことは言わない!けど...次から私を困らせることがあったら容赦しないから」
いつも通りのベレッタさんはいつも通りの表情でそう言った。
おれの手当てをしてくれていた綺麗な手のベレッタさんは...立派な戦闘員だと認識した瞬間だった。
そこからはもう本当に容赦ない生活が始まった。
正式に教育係となった彼女は厳しく、雑用の仕方一つでも曲がらない。妥協することも諦めることも知らない。それと同時に感謝の言葉や褒める言葉、労いの言葉などもきちんと伝えてくれる人だった。
それが...子供扱いに見えたのは最初だけ。おれだけじゃなく全員にそうだと気付くまで時間は掛からなかった。だけど、おれには引っ掛かることがあった。
「........ベレッタさん」
「ん?」
それは...彼女を褒める人が、誰も居ないということ。
「あの、おれのために...いつも有難う」
「.........へ?」
「おれ、ちゃんと出来るようになるからさ。根気いるかもしれねェけど、その、」
その時に見たのは、いつもと全然違う、嬉しそうな顔。
「うん。頑張って教えるね」
「.........ハイ」
思わずハットで顔を隠した自分が居た。
ビックリするほど心臓は跳ねた。それからは何か動揺して...その後、うまく会話が成立したのかも覚えてねェ。ただ覚えていることは、直視出来ないほどに可愛いと思ったのはこの時。ここからが...全ての始まりだった。
この始まりから約1年。
さすがにこの頃になるとおれの気持ちなんて...ベレッタさん以外は全員気付いちまった。いっそ、彼女も気付いちまえばいいのにそこは鈍感らしくて逆に撃沈した船員も居るらしい。てか、サッチがそうだ。
「あいつよォ、おれの気持ち、全然分かってなくってよォ、ぐず、」
泣き上戸のサッチが馬鹿みてェに語ったのは立派な失恋劇。しかも、告白にも気付かなかったらしい。つーか、サッチが回りくどいことした所為だとマルコは言ったが。
「いいかいエース。ベレッタに告白するつもりなら直球に限るよい」
「けど力づくは止めといた方がいいよ」
「昔、ナンパ男の骨砕いたよなァ」
「そうそう。わざとじゃないんだろうけどね。笑っちゃった」
.........なんだ。本当に、ベレッタさんはベレッタさんなんだ。
父親なんて関係ない。彼女は彼女で...こんなにも愛される仲間として此処で生きてるんだ。
「おいエース、聞けよォ、呑めよォ」
ウザイ。サッチがウザイ。
彼女の昔話はまだまだ続く。注がれるままにグラスを空け、酒の肴は彼女の話一色。誰も恨んでいない、誰も傷付けることはない。おれも、彼女を傷付けることはしたくない。
「もしエースに勝機があったら...絶対あいつを大事にしろよい」
マルコの声が脳内を巡って、おれの意識は途切れた。
[ 戻る / 付箋 ]