ONE PIECE [LONG] | ナノ
境界線

「ベレッタさん、コレ見てくれよ!」

にこにこ、にこにこ。今日も我が弟は元気いっぱいな様子で声を掛けて来た。

「大きな魚ね。釣りでもしてたの?」
「おう!サッチに頼まれて釣ってた!」

もっと近くで見てくれよ、と言われて近づけばエースの顔より大きな魚がピチピチしてた。
うん、いつも元気なのはイイコトだ。エースが元気だと私まで元気になるもの。素敵な相乗効果だ。
此処に来たばかりの時は全然こんなんじゃなくて、荒れて荒れてただ荒れてどうしようかと思ったけど、何かに踏ん切りがついて落ち着いたら素直なイイコでホッとした。というのも...来たばかりの頃、面倒を見るようオヤジ様に命じられたのは他でもない私だったから。

「なァ!ベレッタさんも一緒に釣ろう!」
「ごめん。今はちょっと...」

そのサッチに呼ばれて在庫確認という名の倉庫整理するんだわ。
もうじき島が見えて来るはず。そしたら足りないものを補給してまた在庫確認という名の倉庫整理をさせられることもまあ目に見えてるんだけども。

「だったら後で!な?楽しいからさ!」

.........と言われましても、実はその生臭さはちょっと、なあ。

「うーん...気が向いたら、ね」
「ちょっ、それ絶対アテにならねェヤツだ!気とか向かねェはずだ!」
「生臭いのはちょっと...ね」
「なっ、生臭い!?」
「じゃあ頑張ってねエース」

ひらひら手を振って応援したけど何故かエースは肩を落として何故か竿を放置していた。




倉庫整理が終わった頃、案の定、船は目的地である島へと到着した。
必要物資の確認が終わって今頃はサッチがマルコに報告、船員へ買い出しの通達しているところだろう。と、なると次の仕事は間違いなく次の在庫整理が待ってる。これがまた夜通しの仕事になる確率は極めて高い。

「船が着いたぞベレッタさん!」
「あらエース」
「仕事終わったんだろ?一緒に降りねェか?」

まるで太陽みたいにサンサンとイイ笑顔だ。そして、爽やか。
けどこれから起きるだろう在庫整理のことを考えると出来れば体力は温存しておきたい。何だかんだ言っても私若くないし。

「ごめんね。今回はパスする」
「え、」
「ちょっと寝ておきたいの」
「な、何で...」
「エースくらい若かったら一緒に遊べたんだけど...そこそこキツいのよ」

そう、ババアは体力がない。でも私以上に年を重ねた連中が元気なのもどうかと思う。年相応であって頂きたいとしれっと心で呟く。

「.........十分若いじゃん」
「有難う。御世辞でも嬉しい」
「べ、別に御世辞じゃ、」

少しむくれて頬を膨らまして...まるで子供みたいに拗ねてる、んだと思う。
黙ってキリッとしてたら結構男前だと思うんだけど、時々こんなカンジになるから可愛い弟よしよしって気になる。勿論、そのことはエースに言ったりはしないけど。

「気を付けて行くんだよ。あ、お土産期待してるね」

と、さっきみたいに手をひらひら振れば、エースは大きな溜め息を吐いて私に背を向けた。




どのくらい寝ただろうか。目を覚ませばいつもはうるさい船内も今はシーンと静まり返っている。
船が島に上陸したらいつもこんなカンジで安眠かつ快眠出来る環境になるのもまたいつものこと。当番を除いて騒がしい連中は船を降りて遊びに行ったらしい。
今の時刻は...午後11時を回ったところ。この時間なら間違いなく皆、島で全力フィーバーしてるに違いない。

疲れからか大きな欠伸を一つ。背伸びをしてもまだ睡魔が残っている状態。
もう一眠りしようか、とベッドに再び身を委ねようかと思っていたら...控えめなノック音がして、返事をする前に今度は大きなノック音がした。

「.........誰?」
「.........おれ」

おれ、なんていう知り合いはいません。
そう言いたかったけど、それじゃあまりにも声の主が可哀想で鍵を開けたら何処か虚ろな声主が立っていた。本日3回目のエースだ。

「どうしたの?」

返事はない。

「何かあった?」

随分と虚ろで俯くエースの顔を覗き込んだらどうしたものか、何故か今にも泣きそうな顔をしてる。
何か悲しいことがあった?と聞けば小さく頷いた。何があったの?と聞けば返事はない。辛かったの?と聞けばまた小さく頷いたけど何があったのかは話してくれない。今日のエースは...ちょっと変だ。

「立ち話もなんだから入って」

私よりかなり背の高いエースの肩に触れて中へ入るよう促せば足はしっかりと部屋の中へと動いてくれた。

「何か飲む?お酒も一応あるけど...」
「.........ベレッタさん」

お、ようやく口を開いてくれた。
いつもの元気な声じゃなく落ち込んだ時と似た声で私を呼んだから...私は私で少し昔のことを思い出した。

この声を聞いたのは、彼の父親がある人物だと告げれた時だ。そして、自分の存在がとても嫌になることがあると告げられた時。
最初は何を言ってるのか分からなかった。何故、自分の存在をこんなにも嫌っているのかとさえ思ったけど...そう、彼の父親はこの時代を築いた男で...彼の意思とは関係なく知らないところで無関係の誰かを巻き込んだり傷付けたりする時代を作ってしまった。
それとエースは全く関係ないと私は思うけど、他に同じ考えの人はどれだけ居て別の考えを持つ人がどれだけ居たのかは分からない。

「エース...」

だからエースには、辛い時間があったみたいだ。

「話して?大丈夫、ちゃんと聞くよ」

私は彼がこの船に乗ってずっと世話係として見て来た。
何かあれば話を聞けるように、彼が私に話が出来るようにとずっと私も心を開いて来たつもりだ。
私なんてとてもちっぽけな存在だけど少なくとも仲間まで敵になってしまったとしてもエースの味方でいたいと思うほどには可愛がって来たつもり...

「..........すき」
「すき?」
「好き」
「.........すき、」

って何だ。
ようやく顔を上げたエースが思いっきり体当たりして来て思わず両足に力が入った。日頃の重労働が少し役に立った瞬間だ。

「うっ......お、お酒くさ、」
「どうしたらいい?なァ、どうしたら一緒に居てくれる?どうしたら...傍に居てくれる?」
「へ?」
「いっつも仕事、いっつも疲れた、おれ...もっと一緒に居たいのに」
「だ、誰と?」
「.........ベレッタさん、と」
「わ、たし...?」

小さく頷いたエースが本当に小さな子供のように見えた。
結婚も出産も未経験なんだけどこれって母親に甘える子供の感覚なんだろうか。随分と大きな子供で...結構な力で私を抱き締めてるけど。
確かエースは...母親を知らないまま、生まれた時に母親は死んだと聞かされてる。此処では私は母親みたいなものなんだろう。

「.........寂しい思いさせてごめんねエース」
「ベレッタさん......」
「出来る限り、傍に居るよ。そしたら寂しくない?」

刺青の入った大きな背中を小さな子供をあやすようにゆっくり撫でる。
私たちは家族だもの、何かあれば心配するし励ましたり怒ったりもする家族だもの。出来る限りは力になりたいって誰だって思ってるはず。

「.........寂しい」
「うーん...」

意外と甘えたさんらしい。
四六時中、朝も夜も一緒に居るわけにはいかないことはお互いに仕事あるしエースだって分かっていると思う。それを無視してまで自分の意思を押し通すなんて...お酒の力って凄い。

「.........キス、して」
「.........はい?」
「キスして」

.........この年代の親子はコミュニケーションの一環でキスするもんなんだろうか。
いや待って、私も小さい頃は父親の頬にちゅーってしたことがあったようななかったような。それを...他人に求めたことはない、と思う。多分。

「.........キスしよ」

何処に?と聞く前にググッと近付いたエースの顔を思わずバッと止めてしまった。

「.........何だよこの手」
「.........いや、何だろうね。この両手は」
「今すぐ降ろすか首回すかしろ」
「え?命令......」
「拘束されて犯されてェのかよ」
「いやいや、いやいやいや!」

おかしいよ!何か色々とおかしいですよ!!
え、何、最初に言ってた「好き」って親子的なニュアンスじゃなくて男女関係のやつだったってこと?そんなカンジで傍に居たいとか言ってたってこと?そういう意味でキスを迫られてたってこと?え?私、全然エースの意思とは関係なく未婚の義母になったつもりでいたけど...

「ちょ、ちょっと落ち着こうかエース」
「おれは落ち着いてる」
「じゃあ、私がちょーっと落ち着きたいんで離して?」
「嫌だ」

うーわーもー何だこれ何だコレ。
急に色んなことを悟ったら異様なくらい心拍数が上がり始めて来た。エースの腕の中、逃げ出せないし力強いし何かこう、ドキドキするし。

「ほんと、ちょっとだけ、ね?」
「.........何で?」
「いや、私、親心でこう、エースを見てて、ね」
「おれの親はオヤジだけだ」
「ごもっとも!ごもっともですけど私が勝手に、ね?」

私の親だって今はもうオヤジ様だけだよ。両親は死んじゃったし、うん。

「.........男として見てよ」
「へ?」
「おれ、男として見れない?」

やばい。今は強烈に可愛らしいワンコに見える。
捨て犬みたいに拾って欲しそうに見えるから出来ればそんな目で見て欲しくない。私、そういうのに弱い。それに、ドキドキも止まらない。

「こ、これから見る、っていうのは?」
「今すぐ見て」
「ううっ、」
「好きだよベレッタさん」

エースはその目のままゆっくりと顔を近づけて...境界線を越えた。


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