酒場を出たおれらは町から少し離れた場所へと移動した。
自分がこんなにも刀バカで女子供に甘いとは思わなかった。
溜め息を一つ、ただ「分かった」と了承を出すや否や、彼女はさっさと金を支払って人気のない場所におれを引っ張って...きょろきょろと周囲を見渡した後に「まあ、見ててくれ」と笑った。
「一瞬だからな。手に注目しとけよ」
「分かったからさっさとしろ」
その身に宿ると言った刀、どんな手品で出すつもりか。
言われた通りに注目するは握られた彼女の両手。手品師のように一度おれの前に差し出したかと思えばゆっくりと下に降ろしていく。その過程の中で徐々に開かれていく掌......後は、確かに一瞬だった。音もなく、気付けば彼女の手が再び握られていた。
「右を"淺霧"といい、左を"夕霧"という。対となる刀剣なんだ」
「.........マジか」
一瞬の出来事だ、だが瞬きをする暇もなかった。
プラプラと見せる刀はついさっきまで彼女は手にしていなかったもの。手品だと疑って掛かったものの仕掛けは見当たらず、唯一出来るかもしれないと踏んだ袖の隙間、そこに忍ばせるには刀の方がリーチが長いときた。だったら何処から......など考えるまでもない。嘘ではないという事実。身に宿っていた、ということ。俄かには信じられないが。
彼女に近付いて間近で刀を見たが偽物でも玩具でもない。
手入れされた直刃は刃零れが無く、お飾りでは見られない長年に渡って人を斬ったと主張する色。生きた刀。
「刀は人を選ぶというがこれは"血"で選ぶらしい。祖父からいきなり私のとこに来た所為で耳に穴を空けるハメになった」
と、彼女は両耳に付けたピアスをシャラシャラ鳴らしながら言った。
老いた祖父が次に引き継ぎをすべく身内を集めたところ、体から抜けた刀は有無を言わさず彼女の中へと入っていったという。それには彼女だけでなく誰もが驚いたらしい。祖父から父、もしくはオジや他のイトコに行ってもおかしくはなかったのに...とブツブツ呟く。
「他の身内は無視か...」
「完全無視さ。けど恨んでも仕方ない。あたしは悪くないし」
「モメなかったのか?」
「まあ...握ってみりゃ分かる。剣豪ロロノア・ゾロと言えども使えないと思う」
ほれ、と差し出された"淺霧"を躊躇いもなく受け取ったが、
「持てねェじゃねェか!」
受け止めきれず地面へと落下させた。
重いとか持ち辛いとかそんなんじゃねェ、ただただ持つことが出来ねェ。とてつもない"何か"が邪魔をして握ることが出来なかったとしか言いようがねェ。刀が全力で拒絶しやがった、そう言う他ない。
「らしいな。だからモメたとこで意味がない。使えんのはあたしだけだから」
ケタケタ笑いながら落ちた刀をひょいっと持ち上げてブンブン振り回す。彼女が持てば単なる刀にしか見えない。
「というわけでだ。約束通り、あのクソ海賊団でもブッ潰しに行こうか」
「は?」
「善は急げ、アンタの気が変わらないうちにな」
ニッと笑うベレッタ。おれは溜め息。
猪か、と。ただただ真っ直ぐ突っ込むしか考えはないらしい。まァおれも似たモン同士ではあるが、ここまでせわしくはねェ。つーか、おれはまだ行くとも返事はしてねェんだが...
「さあ、ザックリ行こう」
「.........マジか」
「約束しただろ?ほら行くぞー」
.........気分はピクニックか。そんなノリか。
出会いから約3時間、少しだけ手を差し伸べようとしたことを後悔していた。
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