臆せず、前へ
強い...だが震え拳で意思を告げる彼女は決して強くはない。
あれだけ目を離すまいと決めていたはずなのに、ヤツが再び彼女の前に現れると危惧していたのに...おれはただの大馬鹿野郎だ。また彼女を一人にして怖い思いをさせちまった。
「精々、その怖い者知らずのお嬢ちゃんを守るんだなクザン」
アイツの声が響く。その声と同時に気を失った彼女。何度も無意味な謝罪をして抱えるとその体はグッタリとしな垂れて余計に辛くなった。
おれはいつから自分の口にした言葉ですら守れねェ奴になっちまったんだ。
この小さな体を抱きながら思う。無様なおれは何処まで自分に失望すればいいんだろうかと思う。
恐怖からか安堵からか気を失った彼女を抱えて家に戻ると発注していたベッドが二台、その他の色んなものが無造作に玄関先に積まれていた。
もう今日はこれらを片す元気なんてない。近くのソファーに彼女を寝かせて着ていたコートを掛けてただ眺める。今までに見たことのない寝顔に興奮しなくもないがそれどころでもなく、ただ今は彼女が目を覚ますのを待つだけ。目を覚ました時に傍にいたいだけ。
「.........しっかりしねェとなァ」
ポロッと出た言葉と同時に彼女の頬に触れた手。
小さく呼吸している、その吐息が一定のリズムでおれの手を掠めていく。
何も知らないから怖いものなんてない。けどおれらの知らない何かがあるから不思議と何かを感じる。その何かが人を惹き付ける。
何の能力もない、戦うことも出来ない、人を傷付けることも出来ない、けど人は守ろうとする。確固たるその意志はあんなヤツにでも伝わるくらいだ本物だと言える。だからこそ...アイツも惹かれたに違いない。何処にでもいるようで何処にも居ないこのお嬢さんに。
「.........ん、」
何処にでも居るようで、何処にも居ない...だからこそ、愛おしい。
「ベレッタ」
「.........クザン、さん?」
「すまなかった」
愛おしいんだ、君が。それなのに何故おれは彼女を守り切れない。
「.........私、大丈夫ですよ」
「ベレッタ...」
「ちゃんと守ってもらってますから、大丈夫ですよ」
目を覚まして一番、何故こんな無様なおれを思いやることが出来るのだろう。
今一つ状況が把握出来てなさそうな目をしておきながら、どうして何度も大丈夫だと諭すことが出来るのだろう。
「私..."此処"に居たいんです」
そっと、おれの手に自分の手を重ねた彼女が呟いた。
「分からないことが沢山あって...知らないことも沢山あって...」
「.........あァ」
「一から生活を始めて...まだ戸惑うところの方が多いです」
「あァ...そうだな」
「私はずっと...違いを沢山探してばかりだけど...間違いなく誰かに迷惑を掛けると分かってても...」
"此処"がいいって、思いました。
帰りたい帰りたいと消え入りそうな程小さな声で呟いていた彼女が、初めて"此処"を選んだ。
ただ単に...ドフラミンゴの元へは行きたくない、それだったら海軍の方がマシだと言っているだけなのかもしれねェ...けど、そうじゃないって思いたい。
「あァ、それでいい。此処に居ていい.........一生」
"此処"がいいなら、ずっと居て...何処へも行かなきゃいい。
帰るべき場所へも、戻らなきゃいい。
そう呟いた時にはすでに彼女は再び目を閉じていた。
何処までおれの声が届いたのか分からない。何処までおれの気持ちが届いたのかも、分からない。
ただ、少しだけ胸が熱くなった。言葉に表せない不思議な感情が体を火照らせる。ずっと言いたかった言葉を口に出来たから......かもしれない。
「........."此処"に居ていいんだ。迷惑じゃない」
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