大事なのは、ふたりがここにいるという事
カレンダーを見て「あ、」と何かに気付いたのは今朝のこと。
何か気になることでもあるのか?とは思ったが口にせずただ彼女を見ていた。が、その後はフツーに仕事して、フツーに昼飯食って、特にいつもと変わらない様子。書類の提出期限でも近付いてたか?いやそれはない...そんなことを考えながら過ごした一日の終わり。共に歩く帰路の途中、彼女はピタリと足を止めて天を仰いだ。
「ん?どーかした?」
「今日、私の世界では七夕っていう日なんです」
「たなばた」
「けど、やっぱり星の並びが違うから何処が天の川か分からないなーと思って」
うーん、おれとしては言ってることが分からないんだけど。
彼女と一緒になって立ち止まり、同じように天を仰げばまァいつも通りの空。今日は晴れてたから星も見えてる。おれとしてはただそれだけのこと。そういやこうして星とか見るのも久々な気がする。
「ちょっとした物語ですよ」
昔々、天上に織姫という美しい女性がいました。手先が器用だったんでしょうね。機織り...服作りのプロでそれはそれは美しい服を作る女性でもう毎日毎日熱心に仕事をしていました。年頃の女性だというのに仕事一筋、自分よりも仕事な彼女を天の神様は随分と心配し、お節介にも誰か素敵な男性を探してやろうとしました。
「.........ほんとにお節介だねェ」
「そんな率直な感想はいりませんよ」
「おれが神なら一生囲うね」
「.........それもどうかと」
神様は天上の至るところを捜し回り、ついに織姫にふさわしい男性を見つけ出しました。その男性の名は彦星と言い、織姫が住むところから川を一つ隔てたところで牛の世話を熱心に行いながら畑仕事も一生懸命こなし、休む間もなく仕事をする真面目な好青年でした。お互いに仕事熱心、真面目な二人ならきっと良き夫婦になるだろう、そう思った神様は二人を会わせました。二人は互いに一目惚れ、すぐに仲の良い夫婦となりました。
「展開早すぎ」
「物語ですから」
「夫婦になってから相手を知るのは無謀すぎ」
「リアルな意見もいりませんよ」
夫婦となった二人はずっと離れず仕事をしない。最初のうちは神様も目を瞑っていましたが、一週間が過ぎても仕事をしない。十日経っても仕事しない。二週間経っても一ヶ月経っても仕事をしない。「いい加減仕事をしないか?」と言っても適当な返事をするばかりで仕事をしない。とうとう神様は怒り、二人を引き剥がし、二人がそれぞれ住んでいた場所の真ん中に流れる川の橋を外してしまいました。
「ええ?神様、身勝手すぎ」
「......まあ、身勝手ですよね」
織姫は毎日泣きました。彦星は毎日ボーッと過ごしました。これでは仕事にもなりません。神様はまた考えました。そして言いました。
「毎日仕事を頑張りなさい。そうしたらご褒美に一年に一度、この天の川に橋を架けてあげよう。その日だけは二人で過ごせるようにしてあげよう」
二人はその約束を胸に毎日毎日働きました。神様も頑張る二人を見ていました。そして約束通り、一年に一度だけ川に橋を架けてあげ、二人は逢瀬を重ねるのでした。
「.........めでたし、めでたし?」
「語尾を疑問符にしないの。まァ...めでたくないよねェ」
「.........確かに」
一年に一度だなんて、きっと会えない時間が長すぎておれみたいなのはすぐ別のコに行っちゃうだろう。
相手だってそう。たった一度会えるだけの恋人なんていらないでしょ。それだったら毎日会える別の人の方が...きっといい。
「でも、」
「ん?」
「年に一回でも会いたい、ずっと好きで居たい相手って素敵ですよね」
「......」
「辛いかもしれないけど...きっと素敵です」
年に一回でも...会えるなら、ね。
もし、どんなに頑張っても会えないのなら頑張る意味なんてない。手放したら二度と会えなくなるのであれば...おれは頑張らない。頑張れない。
「残酷だよなァ神様ってのは」
「.........そうですね」
「出会わないよりマシだったのか、出会わなかった方がいいのか...おれには分からないとこだ」
真っ直ぐ見つめる先は彼女。出会ってしまった、出会うことのなかった彼女。
「私は...知らないより知ってた方がいいと思います」
「その先、どうなっても?」
「.........どうなっても」
天を仰ぐ憂いを帯びた横顔。その表情に隠された想いは分からない。
だけど彼女がそう言うのであればおれもそう思おう。この先、どうなったとしても...出会わなければ良かった、なんて思わないよう。
「先も大事ですけど、本当に大事なのは今ですよ」
「.........そうだね」
「と、いうわけで明日はガンガン署名捺印して頂きますね!」
「.........お手柔らかに、頼む」
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