臨時職員の任期 (2/2)
それから数日後、私は未だに更新契約書を提出しないまま任期終了を迎えようとしていた。
合間にアイスバーグさんの元へ伺って、カリファの目の前で演技をした。考えることがあって一度セント・ポプラに戻る、と。両親のお墓参りもしておきたい、と。だから...今は更新契約書にサインが出来ない、と。
アイスバーグさんは少し頭を掻いて、猶予は一ヶ月と言ってくれた。私の判断を待つ、と。
それがどれだけ嬉しかったか。演技でもなく喜んで、でも申し訳ないさが込み上げて...何度も頭を下げて感謝と謝罪の言葉を並べた。勿論、私はもう二度とこの地にやって来ることは、無いだろうと思う。
借りている部屋の片付けももう終わった。
とは言っても、この地で揃えたものは全て処分対象になるし、自分が持ち込んだものはごくわずかなものだけ。廃棄手配はいつもの潜入捜査を援護する軍の団体にすでに連絡済で、少なくとも私が此処を去る前日...今というタイミングには何もかもが消える。
そう、ライラ・アルセストという痕跡が物的にではあるけどゼロになる。
「今日で、最後だな」
「あ、お疲れ様ですパウリーさん」
「残ってくれるもんだと思ってたがなァ」
「ふふ。これもまた賭けですか?」
私が任期の間に辞めなかったから大損をしたというパウリーさんが新たに私が契約するかしないかで賭けを始めたと聞いていた。
続けるが多数で、私が続けないと賭けた人物は...誰一人居なかったそうだ。
「.........ごめんなさい」
「何謝ってんだ?」
「.........少しだけ、考えたいんです」
「いつだって戻っていいんだぞ」
有難う。その言葉だけで少し、ほんの少しだけ救われるものがあります。
私は...随分前に帰る家を失くしてしまった。家族と呼べるものを失くしてしまった。保護者はクザンで、家族は海軍で。決して温かな普通の家庭ではなかった。でも、此処へ来て少しだけ温かなものを感じることが出来た。今までとは少し違う、温かなものに触れてしまった。
だけど、私は此処に残るわけにはいかない。
「その時は、よろしくお願いしますね!」
「.........あァ」
パウリーさんとの会話後、沢山の人と話をして...戻ることを前提にさよならした。
私の今までのさよならは、こんなに物悲しいものではなかったのに。
なかなか切り替わらない脳内を整理しつつ、私はいつもと同じようにガレーラを出た。一瞬、振り返って...その場を目に焼き付けた。
私は、楽しかったんだ。この表の仕事が。
夜になれば見張りもあったし、確認もあったけど、それでも楽しく過ごしていたんだ。だから、寂しいんだ。
本当に泣きそうになって歩く帰路の途中、見覚えのある人物が目の前に立っていた。
何とも言えない風貌の、でも戦意のない、今日唯一話すことのなかった人物が、そこに居た。
「ライラ・アルセスト少将」
彼は、確かに私をそう呼んだ。
特に驚くことは無かった。察しの良い彼らが調べないわけがなくて、同じような団体に所属しているからにはすぐに「私」という人物は割れることくらい分かってた。強いて言うなら...彼が私を「少将」と呼んだことには驚きはしたけど、それもまた呼ばれても仕方ない肩書きだ。
「調べはついてるようで。説明が早く終わりそうで助かります」
私の任期は本日付けで終了する。
「......何をしに、いらしたんですか」
「普段通りで構いません。私の方が年下...少将なんて名ばかりですから」
緘口令も敷かれているけど此処まで来ると無意味だから話しても構わないだろうと笑う。
だけど、この場所で話していい内容じゃないから...場所を私の住んでいた部屋へと変えさせてもらうことにした。
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