互いの目前詮索 (1/5)
誰かがおれたちを探ってる――...
退屈な時間の中、平和すぎる街で起きた小競り合いにもならん騒ぎがあった。
ガレーラにいれば頻繁に起こることで、かといって一割の力もいらない面白くもない下らない戦いだ。この程度ならばおれらの内、一人でも軽く終わらせられるのだがあくまで任務のためにガレーラに潜入してる単なる秘書と船大工...そういうわけにもいかない。
つまらん、退屈な小競り合い。市民からの視線はうっとおしく、馬鹿みたいにただ歓声を上げる。
その中で唯一、おれと同じ波数の視線を捉えた。
ガレーラから少し離れた民家の屋根、市民の真似をして観戦してるフリをした一人の女。そいつは少なくともガレーラに用件のある目をしちゃなかった。女が見ていたのはカク、カリファ、おれの三人であることに騒ぎの途中で気付いた。それが何を意味するか――...
此処で会う小物を薙ぎ倒すよりも面白い。遠くに居る大きな獲物に血沸き肉躍った。久しぶりに。
「ンマー、今夜はおれの奢りだ。沢山飲んでくれ」
ウォーターセブンに住む者たちの顔や名前、住所や家族構成などの個人情報は全て把握している。それがおれたちの任務に必要な手掛かりとなる。が、裏を返せばそれ以外、ウォーターセブンの人間に関わらない外部の人間のデータは持ち合わせてない。つまり、アレは確実に外部の人間。だから当然、こちらからアクションを起こした。
「有難う御座いまーす」
おれは少なくとも、見た目で判断して手を抜いたわけじゃなかった。
若い...しかも女だ、せめてもの慈悲にと確実に苦しまぬよう心臓を一突きしたつもりだった。が、服にも掠ることなく交わされた。
「それにしても随分若いお嬢さんじゃのう。これで一番ドッグも明るくないわい」
「けっ、ハレンチ女が増えただけだろ」
それに驚いた所為でたった一歩が遅れて...パウリーが来たことで後を追うことすら出来なかった。
だが、こんな経験は久しくないことだ。視界には確実に獲物を捉えていた、距離は確実におれの範囲内に居た。多少、強いと称される者でも負傷は確定するはずだったがアレは完全に無傷だった。それは大きな組織、力、圧力を意味する。
「あー...明日からはパンツスーツに変更しますから」
「おお、それはそれで切ないのう」
「ハレンチだろカク!女は慎ましく全部隠しゃいいんだよ」
「まぁパウリー、セクハラよ」
「おれ!?今のは確実にカクだろ!」
現時点で目の前で笑うアレが黒幕でなく、おれと同じで与えられた任務を遂行しているに過ぎないことは分かってる。
「あの人が認めるだけはあります」と第三者の関与をほのめかした。女の言う"あの人"が依頼主には違いねェがそれが誰なのか何なのかはこれから探らないといけない。こっちの仕事もいよいよ大詰めだって時に...邪魔なヤツだ。
そもそもCPの中でもNo9はあまり知られていない陰の組織。それを知るごく一部の組織がおれたちを探ってるとしたら一体...
「お?今日は随分大人しいじゃねェかルッチ」
『昨日も飲みすぎたからセーブしてるッポー』
「そーいや珍しく路地裏で吐いてたもんなァ。今日は控えめに死ぬほど飲めよ」
『パウリー、矛盾してるッポー』
.........こうしてる自分が、酷く滑稽に思える。
そんなおれを目の前に何事もなかったよう笑う。昨日殺されそうになった人間がこんな風に笑っていられるものじゃない。何処で積み上げたのか欠落しているのか、その度胸は認めるが決して面白いものじゃない。この女がガレーラに来たことで迂闊なことが出来なくなった。
「おお、なかなか飲めるクチじゃのう。もう一杯どうじゃ?」
「邪魔」を理由に単純に殺すだけなら簡単だった。おれらには権限があり、世界政府の下、罪に問われることもない。だが、それはあくまで"ウォーターセブンにやって来た単なる観光客が何者かに殺された"であって"ガレーラ職員が何者かに殺された"ではない。
「あ、有難う御座います」
少なくとも...アイスバーグは薄々だが自分が危険に晒され掛かっていることを知っている。この4年間に馬鹿な下級海軍連中がアイスバーグを訪ね、不自然にも"プルトンの設計図"について問うことがあった。勿論、シラを切るに決まっているがヤツが所持しているのは間違いなく...それを世界政府が狙っていることもまた事実と認識されてしまった。もし、ガレーラの人間が"誰かに殺された"となれば...そこが関係して来るとヤツは踏むだろう。
「ンマー、あまり酔わすなよ」
「そうですよ。女性を無駄に酔わすなどセクハラです」
邪魔者が目の前にいて排除出来ない。殺さずして問い正すなど面倒で仕方ない。
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