Dress Code.
「化けたなァ」
「.........お前、ホンモノ?」
「てか、開き直った顔で殺意振り撒くんじゃねェよい」
うるさい。どいつもこいつも黙って消えればいいのに。
顔が微妙に痒くて、着てる服が何だか気持ち悪くて、最終的には足が痛くてどうしようもない俺の前に立つな。オヤジの手前、殺意で済んでるけど今に刻み倒すぞコノヤロウ。遠巻きに俺をジロジロ見てる連中も同罪だ。刻んで刻んでこの海域に生息する海王類の栄養散布作業に勤しむぞゴラ。
「こうしてみると"娘"だったんだな。おれ結構タイプよ」
「.........今すぐ捌けろフランスパン」
「ただ中身がコレじゃキッツイなァ」
「おれ的にはオーケー。勿論、普段のセトちゃんも込みで」
「黙れ女装家」
いつもみたいに椅子の上に片足を乗せることも出来ねえこの姿は厄介なもんでとてもじゃないが寛ぐことも出来ない。
少しでも膝と膝の間隔が開こうものなら雷が降り注ぎ、少しでも脇を広げようものなら「胸」と姐さんたちから囁かれる。かろうじてんなとこは見えないドレスには違いねえけど、そうも言われれば気にしないわけにもいかずただただ同じ姿勢を保つばかり。
「そうブスくされんな。似合ってるよい」
「.........そういや、マルコの通達遅れがそもそもの問題だったな」
「常識的に考えてこういう時はドレスコードに決まってるんだけどねい」
「悪かったな。常識知らずで」
いつもの調子で噛み付いてもどうも調子が出ねえのは多分この姿の所為。
マルコですら何処か生温かい視線で見てるのが分かる。それが何だか痒く思えるのはどういうことなのか。
「セトちゃん...」
そんな最中にマルコの影からひょっこり顔を出したのはシンとエア。
余所行き用の中でも特に余所行きの服は二人を少しだけ緊張させているらしく今日は随分と大人しい。
「どうした?」
「.........んー」
「こっちにおいで。飯は食ったのか?」
.........何故二人してマルコのスーツ裾を掴む。
「オイオイ。ありゃお前らのセトちゃんで間違いねェよい」
「疑われてんのか!?」
「そりゃそうだよい。お前、自分の顔見てねェのかい?」
見た。見たが何だ。別に俺は俺だった。
「セトちゃん...?」
「よーく見ろシン。俺だセトだ」
「.........んー」
「エア。何で顔を隠すんだ?ほら、声は俺だろ?」
「うー...」
何故納得しない...
まだ足は痛んでるが立ち上がって二人の傍へと歩けばマルコから少し離れたサッチの方へと逃げてく。そのサッチの方へと足を運べば今度は更に奥のハルタの後ろへと隠れる。今度はハルタの方へと歩けば...オヤジの方へと逃げてった。
「グラララララ。何を逃げてるんだ?」
「「あの人、セトちゃん?」」
「そうだ。ちょっとばかしオンナになっちまったがなァ」
痛い足を引き摺って二人に近づいてもまだ警戒されてる。そんなに何か違うか?
「随分と若い母親じゃもんね」
「まあ...そう、かも、な」
母親、か......俺がそうなれるかと言われればまだまだ未熟で、だが少なくともあの二人を捨てた母親とは一緒にされたくない。
時間の経過で起きてる記憶の風化、その記憶の中でおそらく少しずつ美化されてく俺の両親。俺は、そうなりたくて歩いてる途中。
母親か?と聞かれても胸を張れるだけのことはしてない。母親だと言ってもらえるにはまだ色んなものが足りない。
「うー...」
「.........そうか。よし、なら俺がセトだって分かってもらうためにお前たちの秘密をバラさねえとな」
「ひみつ?」
「"セトちゃん、これないしょにしてて"ってヤツだ。今まで沢山あったなシン、エア」
俺に慣れ、転々とした生活の中で出来た秘密という名の思い出。
「.........ないもん」
「お、おれもないもん!」
俺との秘密だから俺しか知らない。
そんな秘密なんてないと言われてもあるものはある。それを口にするのは多少、卑怯な気もするが今は仕方ない。
「そうかそうか。ならじゃあシンから言おうか?どっかの島で木登りした時―...」
「そ、それいっちゃダメ!!」
落ちた時があった。とある夜中の出来事だ。
その時、俺は当然シンの傍に居て...風で地面と衝突なんてことはなかったから大事には至らなかった。だが、そもそも何でその木に登る必要があったのか。エアがその木の実が可愛いと昼間に言ってて...自分で取って渡したかったシンは懸命に登った。俺は...手を貸さなかった。それを手にした時にバランスを崩したシンは落ちた。でも、そのことは言わないでって、危険を冒してまで取りに行ったんだってことを知られたくないって必死に言った。
「ぷっ、じゃあ言わないでおこう。次はエアだな。そうだな...あ、ぬいぐるみの話でもしようか?」
「.........ぬいぐるみ」
「そうだ。あれはシンが熱を出した時だったな。エアが、」
「ゆ、ゆっちゃだめ!!」
治らない治らないと泣いて、でもどうすることも出来なくて...もどかしくて落ち着かなかった時に俺はエアにあることを紙に書かせた。それは"シンが早く良くなるように"という願い事。それを今もまだ手元にあるシンのぬいぐるみの中に埋めた。このクマのぬいぐるみが願いを叶えてくれるよと言い聞かせて...
翌日、シンの熱は下がった。ぬいぐるみは願いを叶えたんだと喜んだ。でも、エアは自分が心配して願った事を恥ずかしくて言えないと言った。だから俺とエア、そしてシンのぬいぐるみとの秘密となった。
「.........信じてくれるか?」
「「.........」」
手招きすれば少しずつ近づいて来る。そんなに俺が俺じゃなくなってるんだろうか。
「まだ他にも色々あるんだが?」
「うーっ」
「セトちゃんのばか!」
「ちょっ、」
慣れないヒールに痛む足、完全に土台が安定していない最中に走り込んで来たシンとエア。
突進、衝突でグッと堪える予定の足元が不安定で咄嗟に背後にあったものを両手で掴んだ。掴みやすい位置にあった......手?
「悪い。つい咄嗟に...」
「あァ、夫婦だから問題ない!!」
「!?」
「「エースちゃん!」」
てっきりマルコかハルタか...はたまたジョズかビスタだと思ってた手はエースで...ちゃっかり俺の腰に手を回してやがる!
「誰が夫婦だ!」
「おれとセト。で、今は立派な親子の図」
ちらりとエースが足元を見る。そこには俺らを見上げるシンとエア。
それは遠い昔見た、懐かしい風景。
名を呼ばれ、嬉しそうに走る。大きな体を縮め、両手を広げて待つ者に飛び込んでいく。包むぬくもりと優しい声、浮く体と同じ高さの視線。
屈んで何も言わずに手を広げればいつものように飛び込んで来る二人。抱き上げれば二人はおれと同じ高さの視線になる。
「な?親子の図」
「エースを除いてな」
「なっ、セトが母親ならおれは父親だぞ!?なァ、シンとエア」
「「.........?」」
「まだまだ、それには及ばないらしいな」
色褪せないキヲク
「.........なァ、おれにはアレがごく普通の家族に見えるんだがどう思う?」
「まァ...おれにもそう見えてるから正常だよい」
「つーか、おれらも老けたもんだなァ。アレが羨ましいとか」
「老けたのはサッチだけだよい」
「だな。おれは別に羨ましくないね。花街で遊べねェし」
「マジか!おれだけか!!」
title by 超絶頭突き式新企画
BACK
[ 戻る / 付箋 ]