Dress Code.
何故、こんなことになったのか俺には理解出来ない。
今までにたった一度だけ、仲間の反感は買ったことがあったが全員を敵に回したことはなかった。シンとエアにさえ「ワガママいっちゃダメ!」と言われてしまって...これは何気に堪えたしショックだった。嫌な事でも時として我慢することが大事だと全力でマルコにも叱られた。
言い分はごもっともだと思う。が、あまりの衝撃で俺は今日は一言だって言葉を吐いちゃない。
「クリスマスプレゼント、アレにして正解だったわね」
「うんうん。こんなに早くチャンスが訪れるなんて」
俺は一体...何をしてるんだろう。
「もう着れたでしょ?開けるわよ」
姐さんたちの部屋のバスルームで...何をしてるんだろう。何、言われるがままになってるんだろう。
「やだやだ、ちょー可愛いんだけど!」
「嘘!私も見たい!」
半ば引き摺り出されるようにして姐さんたちの前に立てば、苦手すぎる黄色い声が脳天を貫いた。
「本当!可愛くもあるんだけど...何でだろ異様にカッコいいわね」
「セトちゃんってば色白・細身・長身の欲張り三点セットー」
「だからイブニングドレスが似合うのね」
「でも...死んだ魚みたいな目になってる」
率直な意見を言えば、寒い。寒がりではないつもりだが普段着込んでる所為か寒い。
二の腕...どのくらいぶりに出したろうか。九蛇に居た頃には出していたような気もするが随分と昔のことにも思える。
「セトちゃーん、お化粧してもいーい?」
嫌な事でも時として我慢することが大事だと、これが全力で怒られてまでしなければならないことなのかと今は問いたい。
クーが届けたオヤジ宛の一通の手紙がそもそもの始まりだった。
一国の王で友人らしい人物がどんな理由で何を考えてか宴の案内を送って来た。それも"良かったら家族全員で"と。
当然だがそれは無理だ。人数的にもメンツ的にも。本当に全員で行けば向こうの負担は半端ないものだろうし、そういうのを得意としないメンツは終始不機嫌極めて失礼にもなる。だからオヤジは言った。希望者のみ参加、と。
俺は遠慮するつもりだった。そもそもそういうのが得意でないから。
だが、これも当然なのかもしれねえがシンとエアは行くと言って聞かない。オヤジもだったら俺も連れてくと言って聞かない。じゃあ仕方ないと溜め息混じりに了承した時にボソリとマルコが言った。
「んな身なりじゃダメだからねい」
ドレスコード、初めて聞く単語だった。
要は...変な服で行くな正装に決まってるだろ、らしい。正装...正装って何だと顔を顰めてりゃ姐さんたちがくれたタンスの肥やしがソレに相当すると姐さんたちが言った。当然断った。じゃあ...と色んな服を人に見せたが誰一人としてうんとは言わない。だったら行くのを止めると言えば......怒鳴られた。
「向こうにはもう通達してるんだ。今更キャンセル出来ねえよい」
「私たちの選んだドレスが不服なの!?」
「セトちゃんワガママいっちゃダメ!」
「うそつきダメ、やくそくまもれないのもダメっていったのに!」
だったら最初に正装だということをハッキリ言ってくれてたら良かったのに...とは言えなかった。それで今がある。
泥が付くよりも気持ち悪いものがベタベタ顔に塗られてる。
目を閉じろだの開けろだの言われてただ従う。口も開けろだの閉じろだのムニムニしろ?だの言われたから従って...触られる度に悪寒が走る。顔とか髪とか人に触らせたことはないのに、姐さんたちが容赦なく触る。鳥肌全開だ。
「寒いの?セトちゃん」
「.........気持ち悪い。痒い」
「あ、そう。だったら問題ないわね」
そうか、問題ないのか。こっちは問題どころか色んなものが折れ掛かってるが。
ぼんやりと真剣な顔した姐さんの顔を見るも俺には何故そこまで真剣なのか分かったものではなく、ただひたすら後悔しかない。じゃあ仕方ない、なんて言わなきゃ良かったと今更後悔しても仕方ないことばかりが脳内をグルグルする。
「よし、出来た」とミネ姐が言った時、俺の頭はすでに斜めに傾いてまともに立つことも出来なかった。
海底ってのは、能力者からすれば相変わらず気持ちの悪い世界だ。
いや、綺麗なとこは綺麗だし嫌いとかじゃねェけど...何か気持ち悪く感じるのは一歩間違えたら此処が墓場になるからかもしれねェ。
オヤジの古い友人ででっかい人魚の王様がこうしておれらを招かなきゃ此処には立ち寄らない。人数も人数だし能力者も多いし、それに...あんま此処の連中が人間を好まないのも知ってるから余計に立ち寄らない。とは言っても此処はウチの縄張りなんだけど。
「セトはちゃんと来るんだろうなァ」
「来るだろ。運が悪けりゃ手錠付けられてな」
「そうだねい」
先に会場入りしたおれらはさっさと主催者に挨拶して適当に座ってメシを頂いてる。
何があってこんなことになったのかはおれらも分からねェけど、ただ言えることは此処のメシは美味い。酒も美味いらしい。王はオヤジに用があったらしいってことだけだ。で、ついでもってオヤジはオヤジで孫自慢してるんだが...やっぱアイツらすげェや。シンもエアもあのでっかい人魚に臆することもない。
「なァ、マルコ。ある程度食ったら城出てカフェ行かね?あそこ美人の人魚多いし」
「行きたきゃ一人で勝手に行けよい」
.........つまんねェな。宴会は好きだけどこういう場所での宴会はつまんねェ。
「ん?」
姐さんたちが来てる。けど、セトが居ない。
ふとオヤジたちに近付く人物をジッと見ていたらそれは着飾った姐さんたちでニコニコと頭を下げている。四人、明らかに四人だ。セトが居れば五人になるはずなのに...居ない。置いて来た?んなことはないはず。じゃあやっぱ来なかった?それもないってさっきマルコが言った。
「何処行くんだいエース」
「.........便所」
そこまで来といて尻込みしてるってわけでもないと思った。
いざとなったらアイツは出来るヤツだ。だったら何故居ない?多分...何となく分かるような気がする。
騒がしい会場を出てもバタバタする給仕たちと擦れ違うことなくただ無人の廊下が続くだけ。
此処に入るのは二回目くらいだけど未だにこの城の構造が分からねェの。とりあえず人間が移動出来る通路が確保されてるってことだけ分かるけど、随分と複雑な建物なんだろう、この道だけはそういう連中とも擦れ違うことはない。
と、ぼんやり歩いてる時だった。通りで何かがモソモソしてるのに気付いたのは。
「.........セトか?」
ビクッとその物体が揺れた。あァ、やっぱりと思った。
格好がどうのはもうきっと諦めがついてるんだが、あの女性特有の靴に苦戦してんじゃねェかと何となく思ったんだ。姐さんたちの靴...すっげェカタチしてっからいつも疑問に思ってたんだ。何でそんなん履いてるんだって。今、モソモソ蠢いている物体もそう。何かグラグラ足取りが変なんだ。
壁に張り付いた黒い物体がセトだと確信はした。確信はしたが...どんどん距離を埋めればどんどん確信に不安が出た。
黒い物体には手足が伸びてる、当然、セトだからだ。でもすっげェ白いし何か細い、いや、やけに細長く見えるんだ。でも何かちっさくも見える。
「大丈夫かセト」
「.........頼む、こっち来んな」
「そういうワケにいかねェだろ」
隣に立った時、まァおれよか小さくはあるけどこう、特別ちっせェって感じることはねェんだ。
でも、徐々に近づいてっても大きく見えてもおかしくなさそうなセトが今も小さなものにしか見えない。
「足、いてェんだろ?」
「.........」
「図星か。手ェ貸してやるよ」
どんどん近づく、それでも大きくならない。ただ分かって来たのは...そこにはオンナが居るってこと。
結構前から可愛い格好とかしねェかなーくらいは思ってた。化粧したらすっげェ美人になんのは間違いねェだろうなァとも思ってた。基本ベースは中性男前だからイゾウレベルで考えてた。けど、リアルそれを目の当たりにした時違うことに気付いた。
「.........」
「んだよ。変なのは分かってるからあんま見んな」
分かってたのに分かってなかった。
「.........変じゃない」
やっぱホレたオンナだ。何つーか、また心が動かされた。
「ちょっ、エース!?」
「全然変じゃねェから心配すんな」
「そうじゃねえよ!何お前抱えてっ」
「足いてェんだろ?このまま連れてってやる」
「ま、まだ歩けるから下ろせ!」
ジタバタされても下ろす気はない。それにセトもまた思い切ってジタバタも出来ないらしい。
「心配すんな落としたりしねェ!」
「んな心配してねえよ!ただ下ろせって言ってんだ!」
「断る!」
「ふざけんな!」
心臓にピストル
「.........あらあら、あのコたちってば」
「なかなか派手な登場じゃもんね」
「悪ィな。アレがウチの新入りで夫婦なんだ」
「ほォ。にしては...凄い夫婦喧嘩だもんね」
title by 超絶頭突き式新企画
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