#06
さほど広くないベッドの中、セトだけが眠りについていた。
二度目になる寝顔は随分と幼く、いつもと違った顔に見えた。それだけでも興奮するとこだがとりあえず抑えて後処理をした。起こさないように、邪魔しないように...なんて、今までやったことはない。相手がセトだったからそうしていた。
「無理、させちまった、か」
おれの体力はまだまだあって、求められたらまだまだ出来る。行為だけで考えるならさほど満足には至らなかったが幸せだった。ただただ幸せで、眠るのが怖くなった。もしも眠って目が覚めた時、時間が遡ってたり夢だったりしたら...困る。夢じゃなかったにしてもセトが消えてたら、困る。そんな思いでだ。
「.........消えんなよ」
いつか見た切ない表情を浮かべて、いつか見た儚い空気を纏って消えたりなんかしたら承知しない。
気付いた時にはもうおれの中の深いところまでセトは根付いてしまってるんだ。欠けたらおれがおれでなくなってしまう。仲間以上の存在。
「.........馬鹿だな。お前を置いて俺は消えたりしない」
目は未だ閉じられたままなのに、声だけがしっかり静かな部屋に響いた。
「.........悪ィ、起こしたか?」
「いや...でも、声が聞こえた」
「しっかり起こしてんじゃん。悪ィ」
「問題ない。てか...今、何時だ?」
しっかりと体を隠したまま、目だけうっすら開けたセトが欠伸をしながらそう聞く。
そういえばジッとセトの顔ばっか見てて時間とかどうでも良かった。てか、その前は何かもう、夢中、だったし。
「えっと...うわ、九時回ってる。メシ食いそびれた」
「.........そこかよ」
そこに決まってる。気付いたら急に小腹も空いて来たし。
けど「なら厨房漁りに行こうぜ」とか「倉庫漁りに行くか」とかそんな言葉を掛ける気はなくて、今はまだこのままでいたい。誰にも邪魔されないなら、もう少しこのままでいたい。そんな気持ちが異様なまでに先行してる。こんなこと今までにない。
でも...セトはそんなおれの気持ちなんて、知らねェ。
「そろそろ...部屋に戻らねえと、」
シンとエアが待ってる、とセトが起き上がろうする。
分かってる、親代わりで家族だから傍に居てやんないといけねェってのはおれにだって分かってる。けど、
「.........嫌だ」
じゃあおれは何なんだ?違った意味で、特別な意味で好きだと思ってるおれの存在は?
「今日は......譲らねェ」
おれはきっと、ワガママなんだ。
ほんの少し前まで皆と同じは嫌だと思ってた。そうでないと言ってもらえた時は死ぬほど嬉しかった。もうそれでいいと思ってた。なのに、同じじゃないと分かればもっともっと、おれだけで居て欲しいと思った。分かってて、困らせるつもりなんてしたくないのに困らせてる。ワガママなんだ。
「.........ま、誰か世話してくれんだろ」
一度口にした言葉を冗談で交わそうかと考えた時、セトはそう言ってまたコロンと隣に転がった。
「.........へ?」
「何だ?お前が言い出したんだろ」
「あ、いや、そうだけど、」
シーツに丸まりながらおれの方を向いたセト。いつもの口調、いつもと変わらない様子で笑った。
「本当に度胸ねえな」
「意外とオリーブに出来てんだよ」
「.........ナイーブな」
そのまま手が伸びてまるで子供を寝かしつけるようにおれの胸を叩く。
一定のリズムで心音と重ねるように。
「.........子供かおれは」
「俺の癖だ。こうしてれば俺が傍に居るのが分かるだろ?」
「.........やっぱ子供扱いじゃん」
「そう思うなら大人になるんだな」
優しくも穏やかな表情、これが本当のセトなんだ。
過去を、起きた出来事を、事実を...水に流すことも地に捨てることも出来ない。全てがあって今がある。
「.........おれ、生まれて来て、良かった」
「.........俺もあの日、死ななくて良かったよ」
何のために生まれたのか。何のために生きて来たのか。誰も教えちゃくれない。
だけど、そんなことどうでも良くなるくらい今が幸せで満たされている。こんな思いは初めてだ。
「おれがもっと幸せにしてやるからな」
「.........じゃあ俺がもっとエースを幸せにしてやるよ」
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