#05
「.........別に、いいんだぞ」
「.........俺だって」
「.........その割には海楼石とか付けてんじゃん」
「.........伏線だ。細かいこと気にするな」
おれの部屋。いつもと同じ、普段と変わらないセトがいるはずなのに...緊張する。
口調だって態度だって顔色だって普段とそう変わらない。なのに妙な色香を感じるのはさっき肌を見た所為か、それともそういうことになるんだって思ってる所為か。どのみち酷く緊張する。手に汗まで握るくらい。
「エース」
「ちょっ、マジで、」
おれの名を呼び、一歩近づいただけのセトに激しく動揺する。こんなこと、今までにない。
「.........意外と根性ナシだなお前」
「バリケードなんだ!」
「デリケートだ馬鹿」
困った顔して突っ込み入れんなよ、と思ったがセトの表情が少し変わった。
穏やかなのに戸惑いを含むような...良いのか悪いのかを問うような表情におれが動揺する。かなりクル表情。
「俺が、初めて触れられたいと思った」
「セト...」
「エースが望むなら......触れて、くれるか?」
おれが望んでも、どんなに望んでも触れちゃいけないように思ってた。それは別に過去がどうのとか傷がどうのではなくセト自身が望まないのであれば...と思っていたから。初めて、体だけじゃ嫌だと思った相手だから、望まなかったらただの強姦と変わらないと他でもないおれが思っていたから。
でも、セトが距離を空けたまま待ってる。少しだけ、手を伸ばして待ってる。
この少しの距離をおれに決めさせようとしている。
「おれは、男だぞ」
「.........知ってる」
「きっと、止まんなくなるぞ」
「エースが望むなら...俺は止めたりしない」
笑顔、ずっと見たかったほんとの笑顔。
「俺は、認められなくても人として、エースと共に生きると決めたから」
伸ばされた手を取り、ゆっくり抱き締めれば背中に手が回された。少し筋肉質な感触、強くあろうとした所為、だけどこんなに小さな女性だとは知らなかった。こんなに、守ってやらなきゃいけない女性だと思わなかった。
「.........もっとメシとか、食えよ」
「え?」
「じゃないと死ぬぞ」
肩に置かれた顔がゆっくり持ち上がっておれに向いた。知らなかった、耳たぶに黒子がある。
「.........分かった。努力する」
言葉を紡いだばかりの唇に触れた。ゆっくり、啄ばむ程度に数回。そしたら何処かでブツッと音がしてそのまま体を反転させてセトをベッドに沈めていた。おれのベッドにセトがいる...それだけで体が熱くなる。
キスの合間、酸素を欲して開いた口の中に舌を入れればピクッとセトが揺れた。けど、嫌がる素振りはない。
「はっ、エース、電気は...消さないで、くれるか?」
「へ?」
間抜けな声を出しちまった。
これからのことを考えればまァおれとしては電気は消したくないとは思ってた。その、想像でしかないセトの顔をきちんと見れるし、それで色々興奮するだろうし...でも、それはおれの勝手なアレ、だし。
「顔、見ないと、多分、思い出す」
想像出来ない分、想像以上の何かがあったんだと思った。
「.........だから、無理すんなって」
「無理じゃない。多分、今じゃないと...乗り越えられない」
「.........セト」
「俺を、解放して欲しい」
―― あの、出来事から。
「.........愛してる」
「エース...」
「この船にお前を連れて来た時から、ずっとこの感覚がしてたんだ」
弟とか家族とか友達とか...そんなんじゃないといつも思って、ずっとしっくり来るものを探してた。でもずっと無かった。けど今なら分かる。
「皆と違う感情で、愛してる」
「.........有難う。エース」
セトの服に手を掛けて、ゆっくりと脱がす作業の間もキスと愛してるを繰り返した。
言えば言うほど嘘っぽく聞こえたかもしれねェ。けど、これ以上に言葉が見つからない。おれからすれば言えば言うほど感情がどんどんセトに向いてく。
「はっ、エースっ」
「セト、セト、」
「生きて、会えて、良かった」
胸の十字傷、腕の切り傷、腹部の古傷、全てが生き延びた証。
「おれも、会えて良かった。生まれて来て、良かった」
何度も何度も、名前を呼び合った。何度も何度も、目を合わせて確かめ合った。
おれが抱いてるのはセトで、セトを抱いてるのはおれだと分かるように何度も何度も確かめ合った。
煌々とした光の中で見たのは、誰よりも愛おしいと思う女性で誰よりも守りたい女性で...何度も何度も名前を呼んだ。
「.........エースっ」
伸ばされた手を握り、顔を近づけて何度も確認させた。
今、繋がっているのはおれで他の誰でもない、と。乱暴に体を揺すってるかもしれねェけど、今、抱いてるのは間違いなくおれだと何度も告げた。目から溢れる涙を拭いながら、何度も確認させた。果てるその時まで、何度も、何度も何度も。
「エース...っ」
この日、最後に聞いた言葉はおれの名前と、小さく囁いた愛の言葉だった。
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