俺とキミたちとお前で
たったの2年。死ぬ思いで生きて、命からがら逃げてようやく辿り着いた地。
強く握り締めた拳に爪が食い込んで、怒りで噛み締めた唇からポタポタと血が流れた。流れぬ涙の代わりに。
"海軍・ガープ中将警戒地域"から"海軍私有地"へと変わった看板。
あの日、この看板を見た時から嫌な予感はしていた。胸騒ぎが収まらずに持っていた荷物を投げ捨て俺はただ走っていた。家族が、幼馴染みが、仲間が共に住んでいた家まで...一心不乱に走ってドアを乱暴に蹴り開けた。
「......おかえり、セト」
驚いた顔をして、だけど嬉しそうに笑って迎えてくれるはずの仲間は、居なかった。作業場か採掘所か、どちらかに居るかもしれないとまた走ったけど...何処にも居なかった。島中、叫びながら走った。不安を現実にしないために、俺はただ叫びながら走った。
――― それでも、不安は現実のものとなった。
子供だった俺らがそれでも必死に作った村人の墓。その横に作られた、新たな墓。「小さな孫たち 静かに眠る」と刻まれていた。
たった数年。死ぬ思いで生きて、命からがら逃げてようやく辿り着いた故郷は無くなった。全てが無に帰した...そう思ったら強く握り締めた拳に爪が食い込んだ、唇は怒りで噛み締めた、ポタポタと流れぬ涙の代わりに血が流れた。紅い紅い血――...
絶望の中、どのくらいの時間が流れたのかは分からない。
目の前はただ闇で、ただただ冷え切った心と体に感覚を戻したのは...ガープさんだった。
いつもダイナミックに笑って力いっぱいの言葉を残してくれた彼が、この時だけは静かに寄り添ってジャケットを掛けてくれた。
「......守れなくて、すまんかった」
静かに語るガープさんの声は、俺の最後の神経までも引き裂いた。
残された仲間たちは俺が売られた後にすぐ、だったらしい。定期的に足を運んでくれていたガープさんは"俺に会えなかった日"にやって来て、次に来た時にはすでに...と話してくれた。最初は何が起きたのかと目を疑い、事情を知るであろう俺を捜したという。だが、捜せど捜せど見つからない。影もカタチもない。だけどこの島を独りで出て行けるほど、生きていけるほど俺は大きくもない...だから必死で捜したんだと言った。
「お前は何処で何をしてたんじゃ」
俺は.........何も言えなかった。いや、言わなかった。
たった数年会えなかっただけの俺は、逃げ出した奴隷になってた。海軍は、俺たちを救ってくれた英雄を捕まえようとしてる。俺は人間以下の奴隷、彼は人間以上の天竜人に味方する海軍。それが、命の恩人であっても俺は...話すのが怖かった。ただ、怖かった。この人がどんな人だと知っていたとしても、俺は信じるのが怖かった。連れ戻されるんじゃないかって、死にたいくらいだったけど生きて奴隷に戻るのも嫌だった。
俺や仲間は...あんなクソみたいな海賊を信じるほどに子供だった。子供で、子供すぎて...結果がコレだ。もう、誰も信じたくない。
「言いたくなければいい。じゃがわしはお前を置いてくことは出来ん」
「.........」
「一緒に来るんじゃ。な?」
だから俺は、頷かなかった。
ガープさんは好きだった。温かな人でとても好きだったけど、その手は掴めなかった。
何分、何時間と説得されようとも俺は頷かなかった。理由は聞かれなかったけど素直に従わないだけの理由があることに彼は気付いてて...それでも必死に説得してくれたのは、彼にも同じくらいの孫が居たからだと知っていた。孫のように想ってくれていることも気付いてた。
本当に、孫になれたら...と何度思ったか。その度に何度この傷を恨んだか。
「.........私、行けない。やる事、出来た」
「それは...わしと一緒では出来ない事か?」
「.........独りじゃないと、意味が、ない」
「どうしても、か?」
「.........どうしても」
どうしても、と口にすれば彼は辛そうな顔をして俺を強く抱き締めた。その時初めて...声を挙げて泣いたんだ。
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