一方通行に終止符を
部屋を訪ねたのはあいつの様子が少し変だったから。
取り乱したのは誰だって気付いてたけど帰って来たあいつは何事もなかったのかのように冷静に見えて、だけど違うって思った。何が違うとか何処が違うとか...そんなんじゃなく、ただ違う、いつもと違う雰囲気が気になった。一応、おれの部下だから、そういうのは分かる。
で、部屋に行ってみりゃシンとエアしかいねェし寝てるし。もしかしたら、セトはまだ戻って来てなかったんじゃ...と甲板に出れば、薄暗い月の下、無数の風があいつの背を切り裂いてるのが見えたんだ。
「ユノ、」
「あ、もう切れたのね痺れ薬」
「......セトは?」
薬も切れて動けるようになって向かった先は当然医務室だった。ナースたちに引っ張られて行ったセト、だけど今は姿がない。
「セトちゃんなら...手当て終わって仕事に戻ったわ」
「......傷は?」
「んー...言うほどのものじゃなかった。心配いらないわよ」
何かをノートに書き込みながらユノはそう言った、けど...おそらくセトの背中を見てない。
"言うほどのものじゃなかった"はずがないんだ。裂いた刃は鋭く、流れた血の量も尋常じゃなかった。立って普通に歩いていること、普通にしていることが不思議なくらいのものだったんだ。それを知らないから、平気でそんな顔が出来るんだ。
「.........くそっ、」
「心配しすぎです。セトちゃんはしっかり者ですよ」
「だとしても、隠し事ばっかで誰も頼らねェ、誰も信じちゃねェんだ!」
距離を置く...近づけば近づくほどに距離を置く。例え触れられる距離に居たとしても、目を離せばまた届かないところに居る。
この距離が家族として必要な距離なら仕方ないと思う。けど、違う。
「エース隊長」
「.........何だよ」
「自分のことを話さない人にどうして自分のことを話せるの?」
「え?」
ペンを置いたユノが真っすぐとおれを見てもう一度同じ言葉を言った。
「.........おれの、こと?」
「そうです。隊長だって何も話してないでしょう?それなのにどうしてあの子だけが自分の事を話す必要があるのかしら」
冷静な表情で首を傾げたままおれを見るユノ。まるで子供を叱るような諭すような...そんな目をして「私の言ってることに反論はある?」と言いたげだ。何だよ、それじゃまるで...おれが一から百まで悪いみたいじゃねェか。
「隊長はどういう経緯でこの船に乗ったか話したことあるの?」
「.........ねェ」
「じゃあその前のことは?」
「.........ねェ」
「兄弟の話は?育ててくれた人の話は?」
何も、話したことがねェ。
「隊長がセトちゃんのこと知りたいのはよく分かるけどね、」
「.........」
「知りたいならまず自分のことを知ってもらいなさい。それからじゃないと始まらないわ」
「おれのこと、か」
というよりそんなの...あいつ興味ねェだろ。
何処か冷めてて何処か虚ろで他人なんかどうでも良くて...気付けばシュッと何処かに行っちまいそうなあいつ。無理やりでないと何もかも閉ざして見えなくなりそうでおれらは何時だってハラハラする。仲間なのに、距離は置かれたまま。
「.........興味、あんのかな」
「なくてもいいじゃないですか。一人でしゃべってやればいいんですよ」
「ソレって寂しくね?」
一人でべらべら自分のこととかしゃべって相手は聞いてないとかどんだけ寂しいヤツだよ。
「やだ、エース隊長ってばセトちゃんのこと本当に何も分かってないのね」
「なっ、」
「セトちゃんはイイ子だからちゃんと隊長が真面目に向かい合えば聞いてくれますよ」
真面目にって、どういうことだよ。おれはいつだって真面目にやってんのに。
「さあ、もう邪魔だから帰った帰ったー」とユノに医務室を追い出されておれはポツンと廊下に佇んだ。今からその「真面目に」ってのを深く聞こうと思ったのによ、そこは教えてくれねェのかよ。
チッと舌打ちしそうなのを堪えて意味もなく目的もなく船内を歩く。
真面目におれのことを話す...か、セトは本気でおれの話とか聞いてくれるんだろうか。何とも言えねェジジイととんでもねェババアに育てられて、兄弟とめちゃくちゃやって騒ぎばっか起こして...実はこの船に乗ったきっかけがオヤジの首を狙って襲撃して失敗したことからだとか...興味、ねェよな。もし、逆の立場だったら――...おれは、興味、あるけど。
「お、エース」
後方から聞こえた声、何気におれをイラッとさせた。
「.........んだよサッチ」
「いやいや、そこに居たから呼んだだけだろ。機嫌悪ィな」
たまに、稀に考え事とかしてる時に暢気で間抜けな顔とか見たらそりゃ機嫌も悪くなる。
それにしても...いつも以上に浮かれてニヤニヤしてるサッチとかキモいんだが何かあったとしか思えねえな。けど機嫌も気分も悪いから聞いてやるつもりはねェんだが、サッチの方が空気も読まずベラベラと勝手に話しやがった。先に口塞いでやりゃ良かった。
けど、一つだけイイこと聞いた。
「代わるってセトが言ったのか?」
「あァ、かなりデカい溜め息吐かれたがな」
「そうか...」
チャンスだと思った。ユノが言ってた"知りたいならまず自分のことを知ってもらいなさい"のチャンス。
「それがどうかしたか?」
「.........いや、別に」
多分、あいつはおれには興味ねェ、けど...きっと話せるとしたら今しかない。チャンスだと思った今しかない。
不思議そうな顔をしてるサッチを余所におれは心の中で決意を固める。
おれを知って、あいつが何をどう応えてくれるかなんて分かったもんじゃねェけどそれでも、おれは知りたいんだ。
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