風花が運んだ赤い髪
言われた通り、目を見開いて目前の男を見た。
「おっと...」とこの状況を見て驚き、でもこんな状況下でも笑顔を見せる男に不思議なものを感じた。
「わざわざ軍艦破って何しに来たんだよい」
第一声を発したのはマルコ。その瞬間に周囲の空気が一変した。
この空気が意味するのは...男がもう一人確認された従者ではないということ。つまりこれが"赤髪"......思ってたよりも若い。
「なァに、用件あるのはおれじゃねェ。"風花"が示したから立ち寄らせてもらっただけだ」
「"風花"?何にせよ立ち寄りついでにしちゃ派手じゃねェかい」
「しょうがねェだろ。邪魔する方が悪いさ」
間違いない。あれが......四皇、"赤髪"のシャンクス。
望遠鏡で確認した海賊旗と同じ、目に傷を負っている。そして隻腕、噂では事故に遭ったと聞いているがそれでも剣を振るうらしい。
俺からはまだ遠い...これだけ離れた位置に居るにも関わらず体がビリビリする。
物凄い圧力で押さえ込まれる感覚。内臓を吐き出ししちまいそうなくらいの衝撃を感じる。立ってるのが精一杯なくらいだ。
"赤髪"は笑いながら歩いて来ているが...目は決して笑っちゃいない。敵船に乗り込むってことはそういうことだが...それでも気が半端じゃない。俺が今までに見たヤツらなんざクソだ。足元にも及ばない......そして、俺も。
「ん?」
空気がどんどん重くなる。それに堪え切れなくなったか、横をすり抜けられた隊員の一人が、倒れた。
成程...俺に「下がれ」と言った隊長たちの真意が今になって分かった。俺もまた...気を抜けば意識が飛ぶかもしれねえ。
「見慣れない若ェのが居るな」
.........俺を、指差してる。
「十七番目の隊長か?にしちゃ若すぎるだろ」
視線が、食い込む感覚。貫通したら、俺の意識は飛ぶ。
こんな...一瞬でやられるために俺は残ったんじゃねえ。心に強く言い聞かせて拳を強く握り、軽く視線を投げ掛ける"赤髪"を睨みつけた。
「オイ赤髪!ウチの――...」
「あァ、分かったぞ!」
マルコの言葉を遮り、俺を指差したままで...今までとは違う笑顔を見せた。
それはまるで親しい友人に見せるような、俺を昔から知っているような――...いや、そんなことは、ない。
「お前が"風花"...セト、だな」
「!?」
のに何故、俺の名を知ってるんだ...
白ひげの船に乗ったがまだ俺には懸賞金は付いてない。手配書もない。名前を知られるようなことはしてない。戦闘だってまともにした覚えもなければ..."赤髪"とは直に会ったこともない。なのに、何故...
「やっぱりなァ、白ひげの船に乗ってたから位置の特定がしにくかったんだ」
俺を、捜していた、
飛びそうだったはずの意識がグッと体に戻って来る。俺を見て...本当に懐かしい友に会ったような素振りで近くに寄ろうとする赤髪だが、俺はアンタなんか知らない。生きて、こんなヤツに出会ったことはない。絶対に。
視線で感じる、疑われても俺は本当に知らないんだ。そう口にしようとした時、俺の目の前にエースが立った。
「ウチの部下に用件ならおれを通してくんない?」
エースの手が、俺の腕を握って...真後ろに下げる。赤髪の視界から外すかのように。
「だからだなァ、エース。用があるのはおれじゃねェ」
「だったら――...」
「オーイ、上がって来れるかァ?」
.........誰、だ。誰が俺を知ってる。誰が、俺を。
振り返って誰かを呼ぶ赤髪。当然、同じ視線の先に誰もが注目する。小さな、足音がする。ゆっくりと階段を登って来る音。
誰なんだ、と思えば思うほどにその速度とは裏腹に心拍数が上がる。心臓が、痛い。
「......失礼、します」
小さな体、俯いたまま走って赤髪に寄り添い、深々と頭を下げたのは...女だ。
「用があるのは彼女だ。セトは...あそこの、だな」
「.........はい」
女が顔を上げた瞬間、俺は目を疑った。
何年、経つだろうか。「お久しぶり、です。ようやく、会えたね」と小さく笑った彼女は...確かに俺を知ってる。俺も知ってる。
「この子はセト。ややこしいがそっちのセトの友人で占いを得意とする」
「.........セトの?」
「急に...すみません」
島を出て、船を降りた日に別れた。もう一人の、俺。
「少しだけ話させてやってくんねェかな。そのためにおれの船に乗り込んでんだ」
離れてても分かる。長く会ってなくても分かる。アレは...もう一人の俺、だ。
大勢に囲まれるのが怖くて、注目されればされるほどに俯く癖。恐怖で握りしめてしまう拳、その所為でいつも掌は爪が食い込んで傷だらけになってた。だから俺は何度も軟膏を塗ってやって――...今も...そうだ。拳が、震えてる。
「お前の...知り合いで間違いないかい?」
マルコの声がする。
「何だァ?疑ってんのか」
「.........セト、覚えてる、よね?」
覚えてる、忘れたことなどない。でも、話すことは、ない。
用件が戦闘じゃなければ別に引っ込んでても構わないだろう、そういう意味を踏まえて俺は背を向けた。
何のために来たのか、どうして赤髪の船に乗ってるのかなんてどうだっていい。ただ、今は話すことはない。話すことなんて何一つない。
俺は俺の意思でこの船に居て、生きてる、見ての通り元気だ、もうそれで引いてくれないか?そう、伝わって欲しい。
「待ってセト!お願い!私、謝りたいの!」
彼女の声が、響く。
そんなに大きな声が出せるほど元気なら...それでいい。俺は少なくともそれだけでいい。
「......謝ることなんかない。何もなかった。俺は謝られる理由が分からない」
「嘘よ!私にはある。謝りたい。だから私もあの後...戦えるようになってから追ったの!だから、」
「何も言うな!今、此処で――...っ」
忘れたわけじゃない。忘れたいわけでもない。ただ、今だけは...
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